許永中と伊藤寿永光が口説いたオンナ

闇の盾(4)政界・警察・芸能界の守り神と呼ばれた男
寺尾 文孝 プロフィール

「結婚式場チェーンの総帥」を自称

伊藤は愛知県の高校野球の名門、中京商業高校(現・中京大学附属中京高等学校)の野球部出身で、西武ポリマーなどで会社員として働いた後、1977年に協和綜合開発研究所を設立し、実業界へと進出した。名古屋を拠点に結婚式場や賃貸ビル、貸し駐車場などを手掛け、それなりの実績をあげている。有名冠婚葬祭チェーン「平安閣」の総帥を名乗っていたこともある。

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1982年に協和綜合開発研究所の本店を東京に移すと、地上げのプロとして頭角を現す。4年後、約1300平方メートル(約400坪)に及ぶ銀座一丁目の土地の地上げに全精力を傾けた。伊藤はこの土地を所有する銀一商業協同組合という中小零細業者の団体の200名以上にもなる組合員を順番に口説き落とし、出資証券を買い集めることで地上げを進めた。

伊藤は宅見組の宅見勝組長(五代目山口組のナンバー2)と親しく、その関係をチラチラとほのめかした。経営していた名古屋の結婚式場で芸能人のイベントなどを仕掛けたところから、接点ができたようだ。伊藤が宅見組長を「お兄ちゃん」と呼ぶのを聞いたことがある。

伊藤はそうした人脈をバックに、一時「地上げの帝王」と呼ばれるまでになるが、私の見たところ、伊藤が成功した地上げは銀座一丁目の案件くらいで、ほかに目立ったものはないと思う。それでも、伊藤ほど弁の立つ男は見たことがない。

詐欺師と言っては言い過ぎかもしれないが、伊藤にかかると、「あの、結婚式場全国チェーンの、平安閣あるでしょう、あれは私(の所有)なんですよ」ということになってしまう。前述したように物腰や所作には一分の隙もないから、その言葉を信じてしまう人もたくさんいた。

実際には、平安閣グループに名を連ねていた北海道の会社を捨て値で買い、所有していただけだが、本当に平安閣の総帥なんじゃないかと思わされるほど、話しぶりは堂に入っていた。エクシブ箱根離宮、エクシブ軽井沢などの会員制リゾートを経営するリゾートトラストも、自分の会社だと言っていたこともある。もちろん、なんの関係もない。

 

それだけ弁が立つから、女性を口説くのも得意中の得意だ。

「寺尾さん、許永中はひどいんですよ。12人も女がいるんですから」
「じゃああんたは何人くらい囲ってんだ」
「私なんかせいぜい4~5人ですよ」

そんな笑い話のようなやり取りもあった。

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