日本リスクコントロール社長 寺尾文孝氏

許永中と伊藤寿永光が口説いたオンナ

闇の盾(4)政界・警察・芸能界の守り神と呼ばれた男
年会費2000万円。日本最強・最高の危機管理会社、日本リスクコントロール。著名政治家、一流企業経営者、「芸能界のドン」、暴力団組長までが頼りにする知られざる「駆け込み寺」だ。依頼を受けるのは紹介者からの紹介があったときのみ、電話番号も公開せず、ホームページすらない。
同社の寺尾文孝社長は警視庁元機動隊員で、秦野章元警視総監の秘書を経て日本ドリーム観光の副社長を務め、許永中、伊藤寿永光、高橋治則、後藤忠政、中江滋樹らバブル紳士と対峙した。1999年に日本リスクコントロールを立ち上げ、政財界の「盾」として闇から闇に数多くの依頼を処理してきた。政治家・経済人・芸能人たちの「墓場まで持っていく秘密」。その一端を明かす驚愕の手記『闇の盾』の一部を紹介する。

イトマン事件二人の主役

「ナイッショッ!」

ドライバーを振ると、私の打った球は小気味よい音とともに勢いよく空に吸い込まれていった。おそらく、270ヤードは飛んでいるだろう。

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「機動隊ってすげえな!」

許永中は身長180センチ、体重は100キロを超す巨漢だが、ドライバーの飛距離は230ヤード前後で、私の完勝である。

1987年、日本ドリーム観光の副社長を務めていた私は、のちにイトマン事件の主役となる協和綜合開発研究所代表・伊藤寿永光から、イトマン事件のもう1人の主役、許を紹介され、ゴルフをともにしていた。

私がこの2人と面識を持つようになったのは、コスモポリタン社長の池田保次からの紹介だった。池田はドリーム観光から巨額の資金を引き出し、アイチの森下安道を金主としていたが、伊藤の協和綜合開発からも、多額の資金を借り入れていた。伊藤と私は、ブラックホールのように資金を呑み込む池田から、なんとかして資金を取り返そうとしている点で共通していた。一方の許永中は関西の暴力団と関係が深く、地下世界から表の経済界に進出しようとしており、池田の「弟子筋」にあたった。

私の目から見ると、イトマン事件は、池田保次という男の熾した「火種」が多額のバブルマネーに引火し、それがバブル期を代表する巨大な経済事件になって燃え盛ったと映るのである。

1988年8月12日、コスモポリタンの池田保次が突然姿を消した。池田に莫大な資金を貸し込んでいた、多くの関係者が途方に暮れた。

その1人が、伊藤寿永光だった。伊藤は池田のコスモポリタンにおよそ270億円もの大金を貸していた。コスモポリタンの借用書だけでは不安で、池田が実質的に支配していた雅叙園観光にも連帯保証をさせてはいたが、もはやその約束が守られるかどうかさえ危うくなっていた。

私は同じく池田に多額のカネを融資している債権者として、伊藤としばしば連絡をとっていた。伊藤の会社、協和綜合開発研究所は「アコム」「プロミス」といった消費者金融の看板が突き出た八重洲の雑居ビルに事務所を構えていた。

「池田をなんとかしてください。一部上場企業の手形だからお金を貸したのに、それがジャンプ、ジャンプでいっこうに返ってこない」

伊藤は礼儀作法も折り目正しく、所作にはまったくそつがなかった。寸分の隙もなくスーツを着こなし、言葉遣いはきわめて丁寧で、話の筋道も通っている。身長は169センチの私より少し高いくらい、年齢は私より3つ下だったが、一流の経済人を信用させるだけのことはある男だった。

 

ただ、それでも私は、〈本当にこの男が200億円を超すようなカネを作れるのか……〉という疑念が湧いてくるのを抑えられなかった。

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