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日本とアメリカ、ここへきて「100年前の世界」と“ヤバい共通点”が出てきた!

コロナ、世界不況、米国民主党…

すべての始まりは第1次世界大戦

日本は、第1次世界大戦の戦勝国に名を連ねているが、戦死者は数百人程度であり、日本人の死者が、310万人(軍人・軍属が230万人、民間人が80万人)とされる第2次世界大戦の方が「悲惨な戦争」としての記憶がはるかに強い。

しかし、欧州では第1次世界大戦と第2次世界大戦はセットで語られることが多い。ナチスドイツが台頭したのも、第1次世界大戦の敗戦と理不尽な戦後賠償に対するドイツ国民の反発(リベンジ)の影響が大きいということを考えれば、第2次世界大戦が文字通り「世界大戦シリーズの第2戦」というとらえ方が理解できると思う。

第1次世界大戦が「悲惨」であったのは、科学・化学の進歩によって生まれた近代兵器の使用に不慣れであったことも大きい。毒ガスが制限なく使われて、多くの兵士を苦しめ、市民はガスマスク着用の訓練も行なった。

機関銃や大砲の進化に対応した塹壕戦がどれだけ悲惨であったかは、「一斉突撃で(相手の機関銃・大砲によって)全滅するのが珍しく無かった」ということだけでもわかる。しかも通信が未発達であったために、連絡がうまく取れず、全滅した部隊の補充のために何も知らない兵士がやってきてまた全滅するということが繰り返される場合もあった。

しかし、もっとも悲惨なのは長期にわたる塹壕戦である。攻撃を恐れて、用便のために外に出ることもままならなかったし、負傷兵や死者が放置されることがあったから、その衛生環境はすさまじかった。

しかし、第1次世界大戦が悲惨な戦争になったのは、世界の先進国が「国民国家モデル」を確立していたことが大きな原因だ。

「国民国家」とは「王様、独裁者」が支配する専制国家とは逆で、国が特定権力者のものではなく、「この国は我々国民のものだ」とする考え方だ。

古代から絶え間なく続いてきた戦争は、王様(独裁者)に雇われた職業軍人同士の争いであった。だから、自分の利益のために戦う王様と雇われ軍人たちは、勝ち目が無ければ適当なところで「妥協(和平交渉)」をするのが一般的であった。要するにヤクザの抗争が親分同士の「手打ち」で着地するのと同じである。彼らに「儲からない戦争」をする理由はない。

しかし、「国民国家」で徴兵され、あるいは志願した兵士たちは「自分の国(そして家族や友人・恋人)」のために戦っているから「絶対に負けられない」ということになり、国家をあげての総力戦に突入する。

第1次世界大戦が勃発した時に、数カ月で終わるという楽観的なムードが支配的であったのは、それまでの戦争を想定していたからだ。しかし、結局、1914年から1918年の4年以上にわたる長期戦となった原因は、本来は好ましいはずの「国民国家モデル」であるといえよう。

1918年、スペイン風邪感染者隔離施設  by Gettyimages

しかも、大戦末期の1918年から1920年にかけてスペイン風邪(中国起源説も根強い)の大流行により、全世界で5億人が感染したとされる。これは推計で当時の世界人口の3割程度であり、死者は1億人を超えていたのではないかと思われる。

その後、1929年のNY株式市場大暴落に始まる大恐慌が起こった。最後は、1945年の第2次世界大戦終結を持って「戦後体制」と呼ばれる現在のシステムが構築された。

 

しかし、それから75年以上が経過し、いたるところに膿が溜まっている。このシステムが崩壊して、100年前の世界に戻るのではないかと考えるのは杞憂であろうか?

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