2021.05.26
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「自分自身のことが一番大切」藤井棋士がとことん自分と向き合うワケ

藤井聡太論 将棋の未来(6)
変動と混沌のさなかにある将棋界に彗星のごとく現れた、藤井聡太という天才棋士。自身も史上最年少で名人位を獲得した、谷川浩司棋士が、藤井聡太という巨大な才能の謎に迫ることを通して、トップ棋士の持つ能力を明らかにするとともに、新たな時代を迎えつつある将棋の現在と未来を展望した。その強さの本質はどこにあるのか。メンタルはどれほど強靱か…『藤井聡太論 将棋の未来』から抜粋して掲載!

18歳ですでに「藤井ブランド」

初タイトルの棋聖を獲得した後も、不動心は変わらなかった。

獲得後の7月19日、NHK杯テレビ将棋トーナメント一回戦(放送は8月2日)で藤井さんが塚田泰明さんと対局した時、私が大盤解説を担当した。

第11回朝日杯将棋オープン戦で優勝した藤井聡太棋士。当時は15歳で中学生だった 撮影 岡村啓嗣

塚田さんは16歳4ヵ月でプロ棋士になり、1987年度に王座を獲得、公式戦22連勝の記録を持つ、私より2歳下のベテラン棋士である。

対する藤井さんに特別変わった様子はまったく感じなかった。上位者が駒箱を手にするのが将棋界のしきたりだ。藤井さんが駒箱を手にして盤上に駒をあける。対局前にまずは一口お茶を飲む、といういつもの形で臨んだ。

 

初手に角道を開けた。相矢倉から、塚田さんは積極的な指し回しで優勢に進めていたが、藤井さんが相手の攻めを見切ると、最後は一気に切り返して逆転勝利した

解説中はよくわからなかったが、実は塚田さんには決め手に近い手があった。まだ持ち時間も残っていたので、じっくり考えれば勝ちを見いだせたはずだ。ところが目の前の相手は平然と指している。

「ハロー効果」「後光効果」という社会心理学の用語があるが、つまりは「藤井ブランド」によって、勝ち筋を見逃したのではないだろうか。

藤井さんとは初手合となる塚田さんの対局前のインタビューが印象的だった。

「一回戦突破が目標だったので、対戦相手が藤井さんと聞いて一瞬がっかりしたけれども、藤井さんと指せるのはおそらく最初で最後になる。だから予選を勝ち抜いたご褒美だと思い直した」

「20秒くらいで」とNHKから事前に伝えられる時間よりも相当長く話していたのは、それだけこの対局に思い入れがあったということだろう。

対局後、スタジオから控え室に戻った塚田さんは帰り際、藤井さんに、「初タイトル獲得と誕生日の2つ、おめでとう」とお祝いの言葉をかけた。7月19日は藤井さんの18歳の誕生日だったのだ。

そういえば、私と同年代の中村修さんは、2021年1月の順位戦で藤井さんと対局する際に和服で臨んでいた。塚田さんと中村さんにとって、40歳近く年齢が離れている藤井さんと次の対局があるかどうかわからない。タイトル保持者はほとんどが予選を免除され、本戦からの出場になるため、ますます当たりにくくなる。だからお2人にとって、対藤井戦は特別な対局という意識があったのだと思う。

NHK杯の対局後、日本将棋連盟の職員がNHKで藤井さんのために待機している姿を見かけた。取材が待ち受けていたのか、ホテルや駅まで送り届けるためかはわからないが、対局が終わっても気が休まる時がない。そこにもタフな精神が求められる。

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