誰にだって、それぞれの希望ややり方がある

大事なのは、時代背景の違いを意識し、働くことへの意識ギャップを理解しようとすることなのだと思う。それともう一つ、均等法世代で働き続けられた人、それもある程度自分が満足するキャリア積めた人は本当に稀だという自覚も必要だろう。もちろん本人の努力もあると思うが、能力を発揮できる仕事に巡り合え、上司や職場環境にも恵まれ、家族の転勤などで仕事を中断することもなく、家族もみんな健康で、という幾つもの条件が重ならなければ、当時は仕事を続けることすら難しかったのだから。

-AD-

私が均等法世代のやり方や言葉が後輩世代にそのまま届かないことを意識したのは、長く「AERA」で一緒に働いたある後輩の存在が大きい。彼女は地方支局からAERA編集部に異動してきたのだが、素直な性格で努力家ですぐにエース記者になった。「ちょっと難易度が高いかな」と思う仕事を振っても弱音を吐かずにやり遂げ、下の後輩たちの面倒見もよかったので、私が編集長時代に副編集長になってもらった。

ある週末、たまたまプライベートで会う機会があった時、ポツンと彼女に言われたのだ。「私はハマケイさんのように両親を頼ることもできないし、子どもは自分の手で育てたいんです。その範囲で仕事を頑張りたいんです」と。きっといつか私に伝えたいと思っていたのだろう。言い出すまで、躊躇したのではないかと思う。その言葉を聞いたときに私は正直動揺すると同時に、反省もした。私は彼女に期待するあまり、自分と同じように子どもを預けてまで働く“クローン”のような存在を知らず知らずのうちに期待していたのではないかと。

後日、その彼女が2人目を妊娠したと報告してきたのは、私がアエラの編集部を離れてすぐのことだった。きっと私が編集長時代、言い出せなかったのではないか、私が言い出しにくい空気をつくっていたのではないかと、その時も少し落ち込んだ。

冒頭の炎上事件も、おそらく後輩世代に期待をするからこそ、自分たちと同じように仕事中心の生活や人生を歩むことを無意識のうちに勧めてしまったのだろう。だが時代の変化を理解していない言葉は届かないどころか、ますます溝を深くすることを意識していなければ、と思う。

女性だから女性の味方、とそう単純ではないかもしれない。しかし、均等法やその上の世代が道を切り開いてきたこともまた事実。せっかくそこで得た経験や知見、ネットワークなど世代を超えて有益なものも多いはず。それがうまく後輩世代に伝われば、もっと働きたい人やキャリアを積みたい人が機会を得ることにもつながっていくと思う。

「働く母」だけではない。「働く父」だって、働き方も多様化してきている。最も大切なことは、ジェンダーによって、選択したくても選択できない状況がある、そのことなのだ Photo by iStock