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認知症で徘徊する祖母、脳梗塞の母…一人で「ダブル介護」生活を送る30代男性「壮絶な日常」

少子高齢化にともない、近年、注目されているのが、若くして祖父母、両親の介護を担わざるをえない「ヤングケアラー(若者介護者)」の存在だ。奥村シンゴさんの著書『おばあちゃんは、ぼくが介護します。』は、みずからの壮絶な体験とともに、この問題に迫った一冊。ある日突然、誰もが直面する可能性があろうこの問題について、奥村さんにまとめてもらった。

私が「ダブル介護」に至った理由

筆者の家族は、母親、祖母、弟、妹の5人兄弟で、父親と母親は筆者が小学1年の時に離婚して、祖母が分譲マンションを購入し生活していました。

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筆者は、大学卒業後、テレビ局や携帯電話など放送・通信商材を扱うコールセンターで営業や顧客対応をしながら一人暮らしをしていました。弟と妹は、結婚し子供がいて、実家には母親と祖母が住んでいました。

2012年9月、母親から筆者に「祖母が弟の子どもの写真をみながら、ご飯とお水をあげなさい、死んじゃうでしょと怒ってきた」と連絡が入りました。

筆者は祖母に「これは弟の子どもの写真やで、食べ物や飲み物あげられへんねんで」と繰り返し説明しましたが、納得しません。

祖母は理解不能な言葉を発しているので筆者が脳神経外科へ連れて行くと「初期から中等度のアルツハイマー型認知症」と診断されました。

 

そして、さらなる悲劇が襲います……。

2012年11月、今度は母親が突然倒れて救急搬送され、「脳梗塞」を発症し入院しました。

母親と祖母の面倒を誰がみるか話し合いをしましたが、「子供や犬の世話をしないといけない」、「仕事が夜勤と日勤で不規則」でケアができないと言うのです。

私は、兄弟に「母親やし、親のように育ててくれたばあちゃんやで。協力して面倒みようや」と言いましたが納得せず口論になりました。

というのも、弟と妹は祖母への愛情がそれほど深くありません。私は、祖母に兄弟の中で一番可愛がってもらいました。おもちゃや洋服はいつも一番に購入、旅行へ連れて行ってもらう、大学進学も私だけ。兄弟喧嘩をした時も「いつでもシンゴの味方だからね」とかばいました。

ですから、私は祖母に「少しでも恩返ししたいし寄り添いたい」想いが強かったです。

さらに、経済的な事情もありました。

祖母は、20歳からNTTに勤務し60歳の退職まで40年勤め、年金額は少なくありませんが高価な洋服が好きで、1日で年金を使い果たしてしまう浪費癖があり、気がつけば固定資産税・住民税・市民税など250万円を滞納。

それでも祖母は私の面倒を一番よくみて、分譲マンションを購入し70歳過ぎまで働き一家を支えた“母親以上の大きな存在”でした。

私は、「30歳過ぎで在宅介護をすれば結婚・仕事・マイホーム購入など様々な事が犠牲になるかもしれへん」と考えました。ですが、筆者は、祖母と一日でも長く一緒にいたい想いが上回り在宅介護に落ち着き、一人での「ダブル介護」がスタートしました。

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