2021.05.24
# 将棋 # AI # エンタメ

負けず嫌いの藤井少年が手に入れた、“精神的強さ”の裏側にあるもの

藤井聡太論 将棋の未来(4)
変動と混沌のさなかにある将棋界に彗星のごとく現れた、藤井聡太という天才棋士。自身も史上最年少で名人位を獲得した、谷川浩司棋士が、藤井聡太という巨大な才能の謎に迫ることを通して、トップ棋士の持つ能力を明らかにするとともに、新たな時代を迎えつつある将棋の現在と未来を展望した。その強さの本質はどこにあるのか。メンタルはどれほど強靱か…『藤井聡太論 将棋の未来』から抜粋して掲載!

読み切った時に動きが止まる

藤井さんの強さについては、読みの正確さや速さ、常識にとらわれない絶妙手、攻守ともに隙のない指し回しといった盤上におけるテクニックに加えて、精神面における強靱さについても語る必要がある。

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彼の対局は四段になった直後からAbemaTVなどで中継されていたので、私もよく観戦していた。彼の幼い頃からの負けず嫌いはよく知られているが、確かに四段昇段直後は感情が表に出る傾向があった

秒読みで悪手を指した途端に自分の膝をパンと叩いたり、敗局の形勢に天を大きく仰いだり、投了後にがっくりとうなだれたり。それは勝負師たる彼の一面をよく表しているし、普段の飄々(ひょうひょう)とした様子とは対照的な喜怒哀楽の起伏は彼の人気の一要素でもあったと思う

しかし、昇段とともにそうした姿は見られなくなってきた。負けて悔しくないはずはない。だがうまく気持ちを切り替えて、感情をコントロールするようにしているのだろう。

もちろん、いまも形勢が苦しくなった時に肩が落ちていたり、うつむいたりという姿が見て取れる。しかし、うなだれながらも逆転の一手を考えているのだから、うっかり油断をすると逆襲に遭う。

 

まだ18歳だ。年齢が上がっていくに従って、少しずつ感情を表に出すことはなくなっていくだろう。実際、読みに集中している時の藤井さんの表情には、急いだり焦ったりしたところがまったくない。常に落ち着いていてポーカーフェイスである

勝負師という面からすれば、ポーカーフェイスのほうが有利なのは間違いない。こちらが自分の悪手に気づくと、相手にも悟られることがある。たとえ形勢不利でも、あるいは自分のミスに気づいても、何事もなかったように指し続けるのが理想的である。

ポーカーフェイスで思い出すことがある。

私が21歳で最初に名人位を得た対局のことだ。着手した後、おやつとして出ていたイチゴにフォークを刺した瞬間、私の指した手が互角の形勢を大きく損ねる悪手だったことに気がついた。

しかし、そこでイチゴを口に運ぶことをやめれば、自分のミスを相手の加藤一二三先生に気づかれるおそれがある。そのまま何食わぬ顔でイチゴを口に入れたが、まったく味はしなかった。

加藤先生が次の一手を指すまで1、2分だったと思うが、ずいぶんと長く感じたものだ。結局、こちらの見落としを咎められずに済んだが。

対局中の心理状態が表に現れるという意味では、羽生さんが最終盤で勝ち筋がはっきり見えた時に手が震えることはよく知られている。

藤井さんについては、棋聖戦を戦った渡辺さんが面白いことを指摘している。

「(藤井君が)形勢をどう感じているかという点は分かりやすかったです。一生懸命に読みを入れているときは、それが伝わってきて、読み切ってしまうと動きがピタッと止まって落ち着いちゃっていましたから」(「文藝春秋」2020年9月号)

羽生さんの手が震える時と同様、今後、藤井さんの前後に揺れていた身体の動きが止まった時、対戦相手は観念しなければいけなくなるかもしれない。

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