釜石ラグビーV7レジェンドが被災地の未来に繋ぐ「見果てぬ夢」

ワールドカップが植えつけてくれたもの
大友 信彦 プロフィール

恩返しをするために―—総監督就任

スタジアムを引き上げるとき、坂下の頭に「みんな、すげえなあ……」という思いがよぎった。

釜石のワールドカップ開催は、たくさんの人の努力があって実現したことだ。震災の直後に、誰も何も考えられなかったときに、釜石でワールドカップをやろうと言い出したのは石山だった。

 

石山は、風当たりを受ける立場でワールドカップ開催を訴え続けた。石山はもともと無口で、人前に出ていってしゃべるタイプじゃないことを坂下は知っていた。そんな石山が、釜石市長に面会して、イベントでマイクを握って、必死に開催の意義を訴えていた。

石山だけではない。釜石で、家族や友人を失い、悲しみに打ちひしがれていた人たちもワールドカップの意義を唱え、価値を訴え、釜石のワールドカップ開催を実現させた。たくさんの人たちの努力のおかげで、自分たちはワールドカップの感動を目の前で、肌で味わうことができた。

恩返しをしなきゃ、と坂下は思った。

ワールドカップは、釜石の町が、釜石の人たちが、心底楽しめたと同時に、自分たちに誇りを持たせてくれた、自信を持たせてくれたイベントだった。

こんな小さな町でもワールドカップができる。世界の人をお迎えして、楽しんでもらうことができる。あんなに大変な被害を受けてもここまで復興できた、その道のりを伝え、共感してもらえた。釜石の町を、景色を、そこで紡がれた物語を好きになってもらえた。

坂下は、たくさんの人から、「また釜石に来たいです」という言葉を聞いたし、たくさんの地元の人が、同じような言葉をかけられたと嬉しそうに話してくれた。

それらすべては、釜石で暮らし、復興に力を尽くしてきた自分たちに自信を与えてくれた。自己肯定感を与えてくれた。だから、そのワールドカップを連れてきてくれた人たちに恩返しをしたい。

そう思っていた時期だった。坂下は、釜石シーウェイブスの桜庭吉彦GMから、シーウェイブスの今後についての相談を受けた。

坂下は釜石シーウェイブスのアドバイザーという立場だったが、それまでは積極的な口出しは控えてきた。求められれば助言はするけれど、自分から何かを提案したりする立場ではないと思っていた。

新日鐵釜石ラグビー部には創部間もないころから「OBは口出ししない」という不文律があり、それはシーウェイブスというクラブチームになっても受け継がれていた。

だが、そんなことを言っている場合じゃない。自分は恩返しをすると誓ったのだ。

坂下は、現場とフロントを分けたほうがいい、と提案した。勝てるチームを作るには、組織がしっかりしなければならない。

それまではGMの桜庭が、監督業もスカウトもマネジメントも、アンバサダー的な仕事もほとんど全部背負い込んでいた。だが、当たり前のことだが、1人ですべての仕事を完遂するのは不可能だ。まして、ラグビー界は1年後に新リーグに移行する計画があがっていて、GMの仕事は多忙を極めていた。

対話を重ねる中で、坂下には強化の現場責任者を引き受けてほしいという話になった。コロナ禍が日本列島を覆い始めた2020年4月、坂下に「釜石シーウェイブス総監督」という肩書きがついた。シーウェイブスを強くしよう。日本一のチームにしよう。それがワールドカップへの恩返しだ、と坂下は思った。

グラウンドに通う毎日が始まった。グラウンドで練習し、クラブハウスのウエイトルームでトレーニングに打ち込む選手たちと接していると、今まで見えていなかったことがいろいろ見えてきた。

2020 年 9 月にはヤマハ発動機が釜石を訪れ、コロナ後初の有観客試合を実施。雨の 中、地元のファンら約 1000 人が観戦した

クラブチームであるシーウェイブスの選手はいろいろなところから集まってくる。さまざまなバックグラウンドを持つ選手たちが、さまざまな環境で生活しながらグラウンドへ通ってくる。彼らが落ち着いて練習に打ち込めるようにするにはどうしたらいいだろう。

釜石シーウェイブスは、地域のサポーター会員に支えられて活動するクラブチームだ。CSR活動や広告宣伝に転嫁できるトップリーグの大企業チームのように予算は多くない。

チームは地域とともに歩む。2020 年 10 月に行われたW杯1周年記念試合のクボタ 戦ではちびっこ虎舞が選手たちの入場を迎えた

一部のプロ選手を除けば、選手たちの職場も市内各地に散らばっている。勤務時間など職場の環境も様々だ。シーウェイブスの選手たちは、練習や試合への参加を優先してもらえるという前提で雇用してもらっているが、すべての職場で常にそれが遵守されるとは限らない。

選手個々がそれを解決するのは難しい。しかし、小さなことを口にせず我慢していると、やがて大きなコミュニケーションエラーを招く。

坂下は選手たちに繰り返し言った。

「思ったことは何でもオレに言え。自分で会社に言いにくいことは、オレがみんなの会社の人に、ちゃんと言ってやるから」

そして、坂下は、実際に選手の職場を訪ね歩き、クラブの代表として、改めて協力をお願いした。

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