不可解な死、強引な幕引きー調査報道が全滅した中国社会の厳しい現実

成都・学生の死、真相究明の声むなしく

筆者は今世紀初頭からの、中国のメディアやネット社会の発展を観察してきたが、ネット黎明期の2000年代、よく言われていた言葉に「圍観改変中国」というものがある。

「圍観」(圍は囲の旧字体)とは、「人々が周囲から監視すること」であり、ネットやメディアの力により、権力を監視する力が中国社会を変えていくであろうという、一党独裁体制の制限を受けつつも、市民の力がより民主的でものを言いやすい世の中を作るのではとの期待感を込めた言葉だった。

かつては調査報道が世論をリード

拙著「習近平時代のネット社会」などでも紹介したが、この「圍観改変中国」の典型的な事例として、2003年3月に広州市で起きた孫志剛事件がある。この事件は、湖北省出身の服飾デザイナー、孫志剛という男性が夜に街中を歩いていたところ、警察に呼び止められ、居住者証を持っていなかったためホームレス収容施設に連行され死亡した事件だ。

当初、孫さんが死亡した原因は全く闇の中だったが、現地紙「南方都市報」は調査報道チームを設立、記者が様々な障害をはねのけて事件を丹念に調査し、翌月「孫志剛の死」という記事を発表した。孫さんの死因を究明せよとの世論がメディア、ネットで巻き起こり、当局はついに、収容施設で看守や他の収容者から金品を要求されたが断ったため、職員の前で他の収容者から暴行を受けて死亡したと事件の全容を発表。担当者を処罰した。

事件を調査、報道した「南方都市報」は3月29日公開の拙稿「20年前に戦狼外交を予言し国を追われた中国人ジャーナリストの証言」でも紹介したジャーナリスト、長平氏が活躍した「南方週末」の姉妹紙であり、同年には政府によるSARS(重症急性呼吸器症候群)流行の隠ぺいを暴くなど、数多くの優れた報道で知られていた。

その南方都市報は以前、その取り組みを紹介した冊子で次のように書いている。

「“真実”はニュースの最低要求であり、『南方都市報』が追及する至高の境地である」。

だがそれから十数年、現在の習近平政権の下で、この「圍観改変中国」という理想は完全に衰退し、メディアによる「真実」の追及は極めて困難になった。

そのことを裏付ける事件が、このほど四川省成都市のある高校で発生した。

 

数日前、ツイッターにある動画が投稿された。5月11日の夜、同市の成都第49中学(高校)の前に、白い花を持った人々が集まり「真相!真相!」と叫ぶが、学校前を警備していた警察に排除されるものだった。中国ではデモは厳しく規制されているが、彼らは何のために集まったのだろうか。

抗議行動の投稿画像・動画あり(画面をクリック)

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