福島第一原発事故 想定高さ「15.7メートル」保安院に報告4日後、現実に…

「津波対策は不可能だったのか」第5回

3つの原子炉が相次いでメルトダウンし、原子炉や格納容器を納める原子炉建屋が次々に爆発するという未曾有の原発事故を描いた『福島第一原発事故の「真実」』(小社刊)が大反響を呼んでいる。

発売から2ヵ月あまりで、『朝日新聞』『毎日新聞』『東京新聞』『文藝春秋』『しんぶん赤旗』『公明新聞』など様々なメディアで取り上げられた。

「今になって明らかになった事実には、驚く他ない。背筋が寒くなり、とにかくこれは、皆が事実に向き合って考えるところから出直す課題だと強く思う」(毎日新聞書評、JT生命誌研究館名誉館長 中村桂子氏)

現代ビジネス、ブルーバックスWebでは、「2号機の危機」を描いた同書6章の完全公開に続いて、「津波対策の謎」について検証した17章を全5回の連載で完全公開する。実は巨大津波の襲来に備えるチャンスは複数あったことが取材からわかってきた。では、なぜ対策がなされなかったのか? そこには東電をはじめとした各電力会社、原子力安全・保安院などの国、そして自治体が、“不確定なリスク”に正面から向き合えなかった姿が浮かび上がってきた。

最後のチャンスと自治体

貞観地震で巨大な津波が太平洋沿岸を襲ったことを示す証拠。つまりそれは、将来、同じような規模の津波が東北を襲う可能性を否定できなくなったということでもある。一連の貞観津波の研究成果を生かすチャンスは実はもう一回だけ巡ってくる。命運を握ったのは自治体だ。

2010年8月6日。東日本大震災の7ヵ月前だ。福島県庁2階の特別室で開かれた幹部会議。ここで当時の福島県知事の佐藤雄平(さとう ゆうへい・62歳)が発言した。

「プルサーマル実施を最終的に受けることにします」

プルサーマルとは、原発で使い終わった核燃料から取り出したプルトニウムを「燃料」という特殊な核燃料に加工し、再び原発で燃やす方法だ。エネルギー資源に乏しい日本では、核燃料をリサイクルして自国でエネルギーを確保しようとする「核燃料サイクル政策」を掲げている。プルサーマルはこの政策を支える一つの方法であり、国の旗振りのもと、電力各社はプルサーマルを急いでいた。

この日、福島県は福島第一原発3号機でプルサーマルを開始することを認めた。そして、翌月、3号機でのプルサーマルが開始されたのだった。国と東京電力の悲願の一つが成就した。

福島第一原発でのプルサーマルは一度、事前了解を得ていた。1999年にはMOX燃料が運び込まれ、実施に向けた準備が進められていた。しかし、東京電力が原子炉の部品に入ったひびを隠したことなどの不祥事が判明。信頼が失墜し福島県も強く反発。プルサーマルが白紙撤回となっていた。東京電力は信頼回復活動を重ね、プルサーマルの安全性なども説明。県の理解も進んだ。

また県が認めた別の理由もあった。福島第一原発では、7号機、8号機の増設計画が進んでいた。地元の振興につながると立地自治体の双葉町なども増設に前向きだった。この増設は、プルサーマルの開始が実質的な前提条件ともなっていた。県には立地の町から要望も出されていた。こうした背景もあり、県は福島第一原発3号機でのプルサーマルにゴーサインを出したのだった。

【写真】福島第一原発5,6号機と7,8号機建設予定地福島第一原発。左に見える2基が5号機・6号機。その右が7号機・8号機建設予定地だった(©NHK)

しかし、ここに至るまでに、ある議論がなされていた。そこに貞観津波のリスクが上るチャンスがあった。

それは県がプルサーマル受け入れの条件として事前に東京電力と国に出していたものに関わる。(1)施設の耐震安全性の確保、(2)運転開始から30年以上がたった原子炉などの安全対策、(3)プルサーマル用のMOX燃料の健全性の確認の3つである。この1つ目の「耐震安全性の確保」の条件が貞観津波に関わってくるのだった。

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