福島第一原発事故の不都合な真実 未曾有の災害「貞観地震・津波」を【参考】扱い

「津波対策は不可能だったのか」第4回

3つの原子炉が相次いでメルトダウンし、原子炉や格納容器を納める原子炉建屋が次々に爆発するという未曾有の原発事故を描いた『福島第一原発事故の「真実」』(小社刊)が大反響を呼んでいる。

発売から2ヵ月あまりで、『朝日新聞』『毎日新聞』『東京新聞』『文藝春秋』『しんぶん赤旗』『公明新聞』など様々なメディアで取り上げられた。

「今になって明らかになった事実には、驚く他ない。背筋が寒くなり、とにかくこれは、皆が事実に向き合って考えるところから出直す課題だと強く思う」(毎日新聞書評、JT生命誌研究館名誉館長 中村桂子氏)

現代ビジネス、ブルーバックスWebでは、「2号機の危機」を描いた同書6章の完全公開に続いて、「津波対策の謎」について検証した17章を全5回の連載で完全公開する。実は巨大津波の襲来に備えるチャンスは複数あったことが取材からわかってきた。では、なぜ対策がなされなかったのか? そこには東電をはじめとした各電力会社、原子力安全・保安院などの国、そして自治体が、"不確定なリスク"に正面から向き合えなかった姿が浮かび上がってきた。

4つ目のチャンス「貞観地震」

東京電力の津波対策に向けた動きが止まっていた2009年6月24日。この日、4つ目の機会が訪れることになる。保安院の会合でのある委員の発言が東京電力を慌てさせたのだった。その委員とは、産業技術総合研究所の岡村行信である。

津波の新たな知見を巡り、この日、公開の場で議論が交わされていた。会合では2008年3月に東京電力が提出していたバックチェックの中間報告が審議されていた。中身は地震についてだ。中間報告では津波については扱う必要はないはずだった。

この会合の中で岡村は、869年に起きたとされる貞観地震の津波について触れられていないことに違和感を表明した。発言が議事録に残されている。

 

「貞観の津波というか貞観の地震というものがあって、西暦869年でしたか、少なくとも津波に関しては、塩屋崎沖地震とはまったく比べものにならない非常にでかいものが来ているということはもうわかっていて、その調査結果も出ていると思うんですが、それにまったく触れられていないところはどうしてなのか」

電力会社と保安院の間で話し合っていた中間報告と最終報告の内容の仕分け方は関係なく、研究者として指摘すべき津波の研究成果に言及したのだ。

これについて、東京電力は地震動については、塩屋崎沖地震を検討すれば問題ないと考えていると回答した。

これに岡村は納得しない。

「少なくとも津波堆積物は海岸にも来ているんですよね。かなり入っているというのは、もうすでに産総研の調査でも、それから、今日は来ておられませんけれども、東北大の調査でもわかっている。ですから、震源域としては、仙台のほうだけではなくて、南までかなり来ているということを想定する必要はあるだろう、そういう情報はあると思うんですよね。そのことについてまったく触れられていないのは、どうも私は納得できないんです」

岡村がこのときに触れた産業技術総合研究所などの調査が、津波対策に着手するまさに4つ目の機会につながるものだった。貞観津波の堆積物の調査が各研究機関で進んでいた。そうした成果をもとに、津波のシミュレーションを行って、地震の規模や発生場所を推定したレポートが発表されていたのだった。

東京電力はこれには答えず、事務局である保安院が、地震動への影響については事務局でも確認したいとしたうえで、津波については貞観地震も踏まえて検討を行って最終報告で出されると考えていると引き取った。

1000人溺死の古文書を裏付ける津波堆積物を発見

貞観地震は、平安時代にされた「日本三代実録」に記録が残されている地震だ。大きな津波も襲ってきたと言われ、文献には、東北沿岸に津波が押し寄せ、1000人ほどが溺死したと記されている。長年、文献調査の域を出なかったが、2000年代以降、津波によって運ばれた砂などの津波堆積物の調査が本格的に進んだ。そして過去の津波を引き起こした地震の発生場所や規模などを割り出す研究が行われていた。

【写真】「日本三代実録」の記録と、貞観津波堆積物の調査の様子平安時代に編纂された「日本三代実録」には貞観地震についての記載があり(写真左)、津波により1000人ほどが溺死したことが書かれている。右は、貞観津波の津波堆積物の調査の様子 ©NHK

そして、2008年、貞観津波に関するレポートが出され、これが地震や津波の専門家の間で注目を集めていたのだ。このレポートは当時、産業技術総合研究所にいた東京大学教授の佐竹健治らがまとめたものだった。それまでの調査で確認された津波堆積物の分布を再現するように津波のシミュレーションを実施してみたところ、宮城県沖を中心とした領域で、マグニチュード8.4程度の地震が起きていたことになるという結果を導いたのだ。

これは、それまで考えられていたよりも大きな津波をもたらす地震が宮城県沖を中心とした領域で起きていた可能性を示すものだった。震源から近い原発の津波への備えに対して警鐘を鳴らす知見だった。

佐竹は、レポートをまとめたときのことについて「2008年時点では、過去に貞観地震があったことは間違いないという認識だった。それによって津波が起き、その物証があることもわかっていた。地震の規模はマグニチュードにすると8.4以上ということまでわかってきていた」と話す。

【写真】佐竹健治調査した佐竹健治は貞観地震について「マグニチュードにすると最低でも8.4」と話す ©NHK

佐竹が「マグニチュード8.4以上」と「以上」をつけたことには理由がある。津波堆積物の分布が明らかになったのは仙台平野と石巻平野に限られていたため、断層が南や北にどれだけ延びているのかまでは、その時点ではわからなかった。そのためもし断層が延びれば、地震の規模はより大きくなる。マグニチュードは最低でも8.4だというのだ。

レポートの最後の部分で佐竹は、「断層の南北方向の広がり(長さ)を調べるためには、仙台湾より北の岩手県あるいは南の福島県や茨城県での調査が必要である」と結んだ。

レポートは、さらに調査と研究が進めばより大きな脅威の輪郭がはっきりとしてくることを示唆していたのだ。

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