福島第一原発事故 直前の津波対策で事故を回避した電力会社があった

「津波対策は不可能だったのか」第3回

3つの原子炉が相次いでメルトダウンし、原子炉や格納容器を納める原子炉建屋が次々に爆発するという未曾有の原発事故を描いた『福島第一原発事故の「真実」』(小社刊)が大反響を呼んでいる。

発売から2ヵ月あまりで、『朝日新聞』『毎日新聞』『東京新聞』『文藝春秋』『しんぶん赤旗』『公明新聞』など様々なメディアで取り上げられた。

「今になって明らかになった事実には、驚く他ない。背筋が寒くなり、とにかくこれは、皆が事実に向き合って考えるところから出直す課題だと強く思う」(毎日新聞書評、JT生命誌研究館名誉館長 中村桂子氏)

現代ビジネス、ブルーバックスWebでは、「2号機の危機」を描いた同書6章の完全公開に続いて、「津波対策の謎」について検証した17章を全5回の連載で完全公開する。実は巨大津波の襲来に備えるチャンスは複数あったことが取材からわかってきた。では、なぜ対策がなされなかったのか? そこには東電をはじめとした各電力会社、原子力安全・保安院などの国、そして自治体が、"不確定なリスク"に正面から向き合えなかった姿が浮かび上がってきた。

武藤副本部長の真意

なぜ、武藤栄(むとう さかえ、当時「原子力・立地本部副本部長」)はそのような方針を示したのか。武藤は裁判の中で2008年7月31日の打ち合わせについてこのように証言している。

「いろいろやり取りはありましたけれども、要すれば、計算結果があったが、そのきっかけになった評価の根拠は何だということになって、根拠は何回も議論したと思いますが、要は、根拠はわからないということでした。わからないのであれば、それは勉強しなきゃしょうがないだろうということで、研究しようじゃないかということになった」

武藤が問題視したのは長期評価の根拠であった。武藤は、土木グループから、日本海溝沿いのどこでも大きな津波を伴う地震が起き得るとした長期評価は、何か新しい知見が出てきたわけではなく、その根拠がわからないと説明を受けたとして、

「根拠がわからないことを出発点にしてやった計算も、それは大変難しい話なわけで、波源(津波の発生の源)を一体、置くのか置かないのか。置くとしても、一体何を置くのかということがよくわからない。ですから、何かそれをもって対策をやるんだというようなことが決められるような状況ではありませんでした」

と当時の認識を述べている。

また、現場が津波リスクへの備えを進める背景にあったバックチェック。保安院の審査に通るためには長期評価への対応も必要だと考えられていた。このバックチェックについて武藤は当時どう考えていたのか。裁判の中で武藤は次のように述べている。

「バックチェックというのは手続きでありまして、(中略)我々は、発電所の安全性をどういうふうにして積みましていくのか、それをしっかり固めることが最初だと思いました」

武藤はバックチェックとは関係なく、会社としてまずは津波のリスクについて根拠をもって議論していくべきだと考えていた。

武藤は経営的な視点から以下のようなことも述べた。

「経営として判断するという観点で言えば、(中略)機関決定をするときに、その根拠はどうだと、こう言われたときに、自分のところの担当者がわかりませんと言い、じゃあ、この計算の信頼性はどうなんだと言ったときに、いや計算の前提になっている波源の信頼性はよくわからないんですということをもって会社として機関決定をするということは、それは無理です」

【写真】武藤栄武藤は「根拠の不確かなことを経営として判断することはできない」と証言した ©︎NHK
 

そして、武藤は、当時の自らの立場を強調して、こう主張した。副本部長には決定権限がなく、あくまで技術的な相談に乗る立場だったと。2008年6月、7月の打ち合わせへの認識を尋ねられたのに対して、「私は何か大きなことを決めたと言われるのは大変に心外」だと答えた。副本部長の自分には大きなことを決められるわけもなく、会社として決定するために今後どうすればいいかを議論したまでだ、ということだった。

本来は本部長の武黒が決める立場にあったというのだ。武黒は柏崎刈羽原発の対応のため、不在にすることが多かった。結局、経営幹部の間でどのような意思疎通がされたのか、いまもわからないことが多い。そして、このときをタイミングとして、東京電力の社内は動きを止めた。現場が具体化しようとした津波対策の検討は立ち止まる。

一方、経営側は津波への向き合い方や対策について「会社として」責任をもった判断を下さないままの状態が、「御前会議」以降続く結果となる。

スマトラ島西方沖の地震による巨大津波で原発の津波への脆弱性に集まった関心。そして、バックチェックの仕組みの導入で電力会社が再び注目することになった長期評価。しかし、ここでも東京電力は結果的にこれらの機会を対策実施につなげることはできないままだった。

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