福島第一原発事故 動き始めた津波対策はなぜ実現しなかったのか?

「津波対策は不可能だったのか」第2回
NHKスペシャル『メルトダウン』取材班

姿勢を変えた東京電力

とはいえバックチェックの導入は効果があった。それは東京電力に顕著に現れた。東京電力の裁判のある証言に取材班は驚いた。

「長期評価は耐震バックチェックに取り入れるべきであると考えておりました」

2018年4月10日、第5回目の公判でのこと。この日、証言に立った津波想定に関わった東京電力の現役の社員の発言だ。2007年12月の時点で、長期評価をどう取り扱うべきと考えていたか見解を問われ、はっきりとした口調で答えたのだ。傍聴席がどよめいた。

長期評価を取り入れることは、東京電力にとって津波想定を大きく変更することを意味する。当然、多額の費用がかかる津波対策も覚悟しなければならない。2002年7月に長期評価が公表された時点で、東京電力は後ろ向きだったことは先に書いた。実は、この社員も、当時、保安院が長期評価を踏まえて津波の計算をするよう求めたのを断った人物である。

長期評価については専門家の中でも考え方が分かれていた。明確な根拠のある確定的な知見にもとづかなければ、巨額な費用をかけた津波対策は理解を得られない。社内はそういう雰囲気であったはずだ。

 

しかし、耐震に関する指針の改訂、それを受けたバックチェックの仕組みの導入で東京電力は考え方を変えた。当時の東京電力の社内ではどのような動きがあったのだろうか。

取材班は当時の担当者の認識を示す資料を入手した。長期評価の取り扱いを巡り、東京電力が、関係する電力事業者と打ち合わせした際の議事録である。

実は、長期評価をどう扱うかは、東京電力だけの問題ではなかった。東北から関東地方の太平洋沿岸に原子力施設を持つ、東北電力、日本原子力研究開発機構、日本原子力発電(日本原電)にも共通する問題だった。いずれの社も、長期評価を踏まえて津波の想定を見直せば、従来の想定を大きく超え、対策が求められることになる可能性があったからだ。

2007年12月11日、バックチェックの導入を受けてこの長期評価をどう扱うかについて各社の担当者が東京・大手町のビルに集まり、打ち合わせが開かれている。このときの議事録が残されていた。

東京電力の担当者はこの席上で注目すべき発言をしていた。「『三陸沖から房総沖においてどこでも津波地震が発生する』という考え方について、現状明確な否定材料がないとすると、バックチェック評価に取り込まざるを得ないと考えている」「どこでも起きると考えるべきと思っている」と発言しているのだ。長期評価に後ろ向きだった東京電力がバックチェックの導入を踏まえてより高い津波の襲来を示唆する長期評価を取り入れる姿勢を見せたのだ。

これに関して、日本原電の担当者は、「社内的にも議論しているところであり、バックチェックで扱わざるを得ないという方向で進んでいる」と発言し、東京電力と同様、長期評価を取り入れる方向を示した。

一方で、東北電力は、本当にどこでも起きるとした場合、地震の発生場所によっては、「NGになることがわかっている」と発言、そのようなものは「考慮しないと言えれば助かる」として、長期評価の取り入れに難色を示した。日本原子力研究開発機構も、対策の規模が大きく異なるため、長期評価は扱わなくていい方向にしたいが否定する材料は現状ない、と苦しい胸の内を明かした。

長期評価の取り入れに躊躇する社もあるなか、東京電力は積極的な姿勢を見せたのだった。

【写真】東電本社バックチェックによって、東京電力は積極的な姿勢を見せた。写真は東京電力HD本社 Photo by gettyimages

前にも触れたが、長期評価を考慮することになると、より厳しい津波対策が必要になる可能性がある。費用は増大する。住民や自治体への説明も発生しうる。それだけに、確固たる学術的な根拠がない限り、各社にとっては、できるだけ消極的な対応で済ませたい案件ともいえた。しかし、東京電力の担当者は長期評価の津波想定に対応しないと保安院のバックチェックの審査に合格しないだろうと考えていた。

裁判で証言した東京電力の社員は、当時、日本原電の担当者との話し合いの中で、「今回、バックチェックで取り入れないと、後で不作為であったと批判される」と語ったことも裁判で明らかになった。このあと、東京電力は、長期評価を取り入れて津波水位を想定し、それにもとづいた対策の検討へと進んでいくことになる。

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