福島第一原発事故 動き始めた津波対策はなぜ実現しなかったのか?

「津波対策は不可能だったのか」第2回

3つの原子炉が相次いでメルトダウンし、原子炉や格納容器を納める原子炉建屋が次々に爆発するという未曾有の原発事故を描いた『福島第一原発事故の「真実」』(小社刊)が大反響を呼んでいる。

発売から2ヵ月あまりで、『朝日新聞』『毎日新聞』『東京新聞』『文藝春秋』『しんぶん赤旗』『公明新聞』など様々なメディアで取り上げられた。

「今になって明らかになった事実には、驚く他ない。背筋が寒くなり、とにかくこれは、皆が事実に向き合って考えるところから出直す課題だと強く思う」(毎日新聞書評、JT生命誌研究館名誉館長 中村桂子氏)

現代ビジネス、ブルーバックスWebでは、「2号機の危機」を描いた同書6章の完全公開に続いて、「津波対策の謎」について検証した17章を全5回の連載で完全公開する。実は巨大津波の襲来に備えるチャンスは複数あったことが取材からわかってきた。では、なぜ対策がなされなかったのか? そこには東電をはじめとした各電力会社、原子力安全・保安院などの国、そして自治体が、"不確定なリスク"に正面から向き合えなかった姿が浮かび上がってきた。

「津波対策は不可能だったのか」
第1回 「福島第一原発事故の不都合な真実「巨大津波は想定されていた!?」はこちら

安全性の向上「バックチェック」の仕組み

「バックチェック」。簡単にいうと電力会社が最新の研究や新たな知見などを踏まえて、すでに国から許可が出されている原発の安全対策について再び評価をして、必要ならば新たな対策を講じなければならないというルールだ。過去に許可が出ていても振り返って、つまり「バック」して、安全性などに問題がないかを確認、「チェック」することになる。だから「バックチェック」と呼ばれている。

バックチェックの仕組みは、溢水勉強会の議論が進められていた2006年、国の原子力安全委員会が25年ぶりに原発の耐震に関する指針を改訂したことに伴って導入された。指針は阪神・淡路大震災を受け専門家なども交えて新しい知見を入れて改訂されたものだった。

そしてバックチェックの導入により、この指針にもとづいて電力会社が再評価する地震の想定や対策について、保安院が審査で確認することになった。またこの指針の改訂ではもう1つポイントがあった。地震だけでなく、「津波」の2文字が明記され、評価をすることが盛り込まれたのだ。数十年と見込まれる運転期間中に極めてまれな頻度で発生するかもしれない大津波が襲っても、安全機能が損なわれないことという項目が加わった。電力各社は津波についても自社の原発が対応できているかどうか再評価する必要が出てきた。

 

さらにバックチェックでは、新たな知見をできる限り反映させることにもなっている。このことによって一度は津波対策の議論の枠の外に追いやられた政府の地震調査研究推進本部の長期評価にも再度スポットライトが当たることになっていく。

そして保安院はこのバックチェックの仕組みの中で、溢水勉強会で示された原発の「水」に対する脆弱性についても確認する考え方で動いていた。2006年10月、保安院は電力各社を一斉に集め、想定を超えた津波によって炉心損傷に至るおそれがあるとして、バックチェックで対応策を確認すると指示した。各社の経営層にも伝わるよう土木担当だけでなく原子力担当なども呼びつけた中での発言だった。これを聞いた溢水勉強会の担当者は、肩の荷が下りたような感覚を覚えていた。

2006年10月、保安院は電力各社を一斉に集め、バックチェックでの対応策確認を伝えた。写真は、原子力安全・保安院が設置されていた経済産業省の総合庁舎別館

ただし、バックチェックは完璧とはいえない部分もあった。それは再評価の主体は、保安院ではなく、あくまでも電力会社であるという点だった。原発の安全に一義的に責任をもつべき電力会社が、まずはどのような津波を考慮して想定をまとめるかを決める。その後、保安院が審査をして判断が適切かどうかをみる形だ。

逆に言うと保安院が考慮する津波を指示する仕組みではないため、電力会社によってどの津波を考慮するか考え方が分かれることになった。また何をもって新たな知見だと判断するのかが曖昧だったため後に電力会社の判断に影響を及ぼすことになる。

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