息子の親権を諦めた理由

着の身着のままで家を追い出されたりかさんは、とりあえず実家に身を寄せた。元夫とは離婚でいいが、子どもとは離れたくない。しかし、子どもに会おうと家に行っても、昼は義両親、夜は元夫が一緒にいて、りかさんは追い返されてしまう。

すぐに弁護士を探して、子どもとの面会交流調停を申し立てた。
「5ヵ月ほど経って、ようやく定期的に面会できるようになりました。その後、離婚が成立。元夫の両親は裕福で、あっという間に同じマンションに部屋を買い、子どもの監護体制を整えたんです。それで、親権も元夫がもつことになりました」

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りかさんは、子どもの親権を争わなかった。子どもの将来のためには、経済的に豊かな元夫のもとで育つほうがよいのではと考えたのだ。それで、子どものすぐ近くに住み、子どもと交流をもちながら、自分は一人で暮らす選択をした。
「この先、私がどんなに身を粉にして働いても、元夫ほど稼ぐことはできない。たとえば、息子が留学したいと言ったときに、私だったら叶えてやれないと思ったんです」

実は、りかさんは、外国に憧れてやまない子どもだった。アニーなどのミュージカル映画が大好きで、いつか外国に住みたいと思っていた。
「私の家は裕福ではなかったので、留学したいだなんてとても言い出せませんでした。それで、社会人になってから3年働いてお金を貯め、カナダに語学留学したんです。でも、うちの息子は、元夫のおかげで生まれたときから海外暮らし。元夫と一緒にいたら、海外に行くチャンスはこれからもたくさんあるでしょう。息子が希望すれば、留学だってさせてもらえるかもしれない。子どもと一緒にいたいという私のエゴで、子どもの可能性を奪うことはできないと思いました」

子どもは小学5年生になった。いまのところ、まだ反抗期の気配はなく、会えば「ママ!」とニコニコしている。元夫や義両親との生活は、それなりに安定しているようだ。

「私、生まれたときから祖父母が1人もいないんです。両親は親戚と疎遠で、集まりなども一切ありませんでした。でも、いま息子は、自分を育ててくれるために祖父母が近くに住んで、お正月には親戚が集まってお年玉をもらって、運動会には親だけでなく祖父母も観に来るという環境を手にしている。もし、私が引き取っていたら、息子も私と一緒にあちらの親族から疎外されてしまっていたでしょう。その意味でも、息子の親権は元夫に渡してよかったと思うんです」

自分の会社を「○○社様」と呼び、その会社に勤めている自分が偉くて、そうではない妻を貶める元夫。たかがサラリーマンのくせに何を勘違いしているんだろうと思う一方で、大企業に勤めることで得られる恩恵もたしかにあると思う。

元夫の価値観を憎みながらも、完全に否定することができない相反する気持ちで、いまもりかさんは葛藤している。

息子のためには、経済力があったほうがいいし、多くの親戚に可愛がられた方がいい。その思いで親権を手放した。それでも多くの葛藤がいまもある(写真の人物は本文と関係ありません)Photo by iStock