2021.05.22
# 中国

「中国共産党が倒れるまで俺は死なない」…そう語った中国人「正義漢」の壮絶な半生

「持たざる者」には残忍な国・中国
1989年6月4日、中国で起こった天安門事件は、多くの人々の人生を変えた。当時21歳だった姜野飛氏は地元・成都での反体制運動に参加し、その後ネット上で共産党への批判を続けた結果、現在はタイのバンコクで亡命生活を余儀なくされている。22人それぞれにとっての「天安門」を克明に記したルポ『八九六四 完全版』から、姜氏の半生を紹介する。

四川大地震で義憤に駆られた

「あの日、俺は会社の車で成都の近くの高速道路を走っていた。時速110キロくらいだ。そうしたら、車体が妙にグラグラと揺れたんだよ。不思議に思いながら料金所に着いたら、係員に地震が起きたって聞かされた」

2008年5月12日午後2時28分。8万7000人あまりの死者と行方不明者を出した未曾有の大災害・四川大地震の発生だった。

四川大地震の被害の様子[Photo by gettyimages]
 

会社へ戻ってテレビを見ると、社会不安を抑えるための「配慮」なのか、CCTV(中国中央電視台)は党指導者の顔ばかりを垂れ流していた。だが、パソコンを立ち上げると生々しい被害状況の報告が大量に飛び込んできた。

当時、反体制的なネットユーザーは、大地震や高速鉄道の衝突事故のような重大事件が起きるたびに、官製メディアが報じない生の情報を盛んに流すのが常だった。中国では個人がこうした情報を発信する行為自体が、体制へのレジスタンスの意味を持っている。

「被災地では小学校が倒壊して、子どもが生き埋めになっているっていうじゃないか! だが、政府が真面目に救援するわけがない。あんな連中に任せておけない。一人でもいいから子どもを助けたいと思って、俺は辛抱たまらなかった」

震災発生当日の晩、憤慨した姜はさっそく友人4人を引き連れて被災地へ出発した。個人で瓦礫を取り除こうと考えたのだ。

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