数式を知らずして、宇宙がわかるものか! ド文系が挑む「一般相対性理論」への道

アインシュタイン方程式を読む 第1回
深川 峻太郎 プロフィール

すげえ、と思った。湯川粒子とは、日本人初のノーベル賞に輝いた湯川秀樹博士が存在を予言したπ(パイ)中間子などのことだろう。数式を見ただけでそれがナニ粒子かがわかることに、私は感動した。なにしろ、数式の脇に「Yukawa Particle」などと字で書いてあるわけではないのである。私には読み方さえわからないの記号が並んでいるだけだ。それなのに、その数式は、特定の粒子を表現している。

柱に刻まれたイタリア語に、偽りはない。宇宙はまさに数学の言葉で書かれていたのだった。

©服部元信

嗚呼、わかりたい。ちょっとでいいから、数式で宇宙がどう書かれているのかをわかってみたい──そう思うのが人情だろう。だって、彼らは自分と同じ人間なのだ。しかも間違いなく、ものすごく面白いことを研究している。ならば、交流したいじゃないか。カタコトでいいから、同じ言葉でお喋りしてみたいじゃないか。それはもう、外国旅行から帰国するやいなや「やっぱり英語できるようになりたい!」と駅前留学しちゃうような気分である。

……いや、それとこれとは本質的に違うだろう。数学の言葉は、外国語ではない。それはある意味で、この宇宙に暮らす知的生命体にとっての母語である。なにしろ宇宙は数学の言葉で書かれているのだ。その宇宙が存在しなければ、私たちも生まれていない。つまり、宇宙の一部であるわれわれ自身もまた、数学の言葉で書かれているはずである。「数式を見ると頭が痛くなる」などと嫌悪感を露(あらわ)にする文系人間も多いが、そんな態度で自分自身のことが理解できると思ってんのかコノヤロー! と罵倒されても文句は言えないだろう。

その一方で、彼らはタテガキの日本語による「わかりやすい説明」ばかり求めるが、そこから得られるのはいわば「まんが源氏物語」みたいなレベルの知識ではなかろうか。古典文学を本当に理解したければ、原文を読め原文を! それと同様、物理学の真髄に迫りたければ、勇気を持って数式の世界に触れるべきだろう。

そもそも「自称文系」の多くは(私も含めて)文系の学問に詳しいわけでも何でもない(私は文学部出身だが、『源氏物語』の原文はほんの一部しか読んだことがありません。ごめんなさい)。自称文系のほとんどは、本物の文系ではなく、単に「非理系」なだけなのだ。

その証拠に、「文系だから数式はわからない」などと曰(のたま)う自称文系の多くは、数式などまったく出てこない哲学の専門書を読んでも、やっぱり「わからない」のである。だとすれば、「文系だから」を言い訳にして数式から逃げるのは欺瞞(ぎまん)だ。私は五十路を迎えるまで多くのことから逃げてきたけれど、宇宙の一部を構成する存在として、ここは逃げたくない。

そんなことから思いついたのが、本書の企画である。宇宙について書かれた数式を、毛嫌いせずに読んでみるのだ。同じ人間のつくった言葉なのだから、辞書や文法の教科書や先生の助けを借りれば、自分で書くことはできなくても、書かれた意味ぐらいは読み取れるはずである。

(次回、《読み方すらわからない「アインシュタイン方程式」にド文系が挑む方法とは?》は5月23日公開予定です。お楽しみに!)

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