数式を知らずして、宇宙がわかるものか! ド文系が挑む「一般相対性理論」への道

アインシュタイン方程式を読む 第1回
深川 峻太郎 プロフィール

アイザック・ニュートンの重力理論では、水星軌道の内側にもうひとつ惑星がないと、水星の動き(専門的には「近日点(きんじつてん)の移動」)が説明できなかった。ニュートンの理論は揺るぎない絶対的な正解だと思われていたので、その惑星が存在しないはずがない。なかったらニュートンが間違っていたことになってしまう。必ずあると信じたから「ヴァルカン」という名前までつけてしまった。しかし、多くの研究者たちが必死で探しても、ヴァルカンはなかなか見つからない。

その問題を解決したのが、アルベルト・アインシュタインの重力理論である。ニュートンの理論が近似であることを明らかにしたその新しい理論では、水星の動きを説明するのにヴァルカンは必要なかった。この一点だけでも、アインシュタインの偉大さがわかるではないか。

もし高校時代にこういう「数式ナシでもわかる重力理論の歴史」を教わり、それがもたらすスリルと興奮を味わっていたら、物理にもちょっとは興味を持って勉強する気になったと思う。サイエンスへの入り口として、タテガキの物語はきわめて有意義だ。

われわれも「数学の言葉」で書かれている

しかし、である。あるとき私は、いささか寂しい気分を味わった。東京大学柏キャンパスのカブリIPMU(数物連携宇宙研究機構)に打ち合わせに行き、3階の交流スペースで当時の機構長、村山斉(むらやま・ひとし)先生をお待ちしていたときだ。

2007年に発足したIPMUは、「数物連携」という名のとおり、数学者と物理学者がタッグを組んで宇宙の根源的なを解き明かそうとする国際高等研究所である。「暗黒物質」「ダークエネルギー」「消えた反物質の」といったキーワードを見るとワクワクしちゃうタイプの宇宙論ファンにとっては、憧れの聖地みたいなものかもしれない。

私は、2010年に刊行された村山先生のベストセラー『宇宙は何でできているのか』(幻冬舎新書)の編集をお手伝いしたのが、このジャンルに踏み込む最初の一歩だった。その次に手がけた物理学本は、2012年に刊行された大栗博司先生の『重力とは何か』(同)である。こちらも大ヒットになった。当時から大栗先生はIPMUの主任研究員だったが、その後、2018年には村山先生の跡を継いで2代目の機構長に就任されている。

歴代機構長との仕事を通じて「サイエンスはエンターテインメントだ!」という持論を形成した私にとって、カブリIPMUは原点ともいえる場所だ。

そのカブリIPMUには、毎日午後3時に研究者たちが3階の交流スペースに集まってお茶やお菓子を口にしながら語り合うという麗しい習慣がある。私がお邪魔したのは、そのティータイムだった。交流スペース中央の柱には、ガリレオ・ガリレイの言葉が刻まれている。

I’UNIVERSO É SCRITTO IN LINGUA MATEMATICA

「宇宙は数学の言葉で書かれている」という意味だ。その周囲では、何人もの研究者たちが黒板やホワイトボードに数式を書き並べながら、にぎやかにおしゃべ喋りしていた。数式で「交流」である。楽しそうだが、私にはさっぱりわからない。

カブリIPMUの交流スペースのようす。中央の柱にガリレオの言葉が刻まれている(画像出典:カブリIPMU公式HP)

村山先生や大栗先生の本に関わって以来、私は素粒子の標準模型や重力理論のみならず、インフレーション理論や暗黒物質、ニュートリノ実験や加速器実験、さらには原始重力波などに関する本も手がけてきた。ヒッグス粒子の発見で知られるジュネーブのCERN(セルン)を取材したこともある。この分野では多くの経験を積んだので、最先端の研究者ともそれなりに世間話ができると自負していた。

ところが、その交流スペースでは完全に圏外。いたたまれないほどの孤独感。そこに自分がいることも悟られたくない気分だ。やがて村山先生が現れたので、私はおずおずと遠くの黒板を指して、小声で聞いてみた。

「あの人たちは、何の話をしているんですかね……?」

すると村山先生は、黒板に書かれた数式をほんの数秒間、遠目に眺めてから、「ああ、あれは、湯川粒子が……」と、立て板に水で解説を始められたのである。

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