# 介護

蛭子能収さん告白「認知症になったおかげで、女房に“ありがとう”と言えるのかもしれない」

昨年、自身が認知症であることを公表した漫画家・タレントの蛭子能収さん。認知症と診断されてからの葛藤や、家族・マネージャーへの思い、また妻・悠加さんから見た素顔の蛭子さんなどをまとめた異色の“認知症エッセイ”『認知症になった蛭子さん~介護する家族の心が「楽」になる本』が4月に発売された。

認知症になってからの周囲の反応や、自身の中に起きたある変化に戸惑う蛭子さんの告白を、同書から抜粋して紹介する。

認知症になって、周囲との間に「隙間」が空いた

オレは2020年7月に、軽い認知症と診断されました。その様子はテレビ東京系の『主治医が見つかる診療所』という番組でやって、それがネットでも話題になったから知っている人も多いと思います。
 
2014年に、認知症の一歩手前の「軽度認知障害」と診断され、そのまま放置しておくと、数年で認知症になると言われていました。女房が食事の献立を工夫してくれたり、運動したり心がけてきましたが、それでも認知症になってしまいました。まあ、仕方ありませんね。

 

ただ、レビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症の合併症と言われてもよくわかりません。

今の時点では、たしかに、ボヤーっとする感覚というか、船酔いしているようなときがあります。それでも体は健康で、これまで内臓系の病気にもかかったことがありません。足腰も今のところはしっかりしています。たしかに物忘れはありますが、もともと記憶力がいいとはいえませんからね。

隠し事をするのが好きではないので、認知症になったことを公にしましたが、 実際は、オレのなかで何かが変わったわけではありません。

ところが認知症を公表してから、オレの周囲の空気がなんか変わったような気がします。考えすぎかもしれませんが……。

たとえば、診断された後に、親しい記者に「認知症って言われたけど、そうじゃないと思うんだよね」と話したら、その人は、すこし表情をこわばらせて 「大丈夫ですよ、大丈夫!」と言って目をそらしました。

オレは街を歩いていても、「おっ、蛭子さん、認知症になったんだってね」と気軽に声をかけられるかなと思っていました。よく競艇場で「おっ、蛭子さん、今日も負けたんだってね」と知らない人に声をかけられます。それと同じようなものだと思っていました。

ボケていると診断される前は、空気を読まないオレの言動が「おもしろい」と言われていました。それでテレビに出るようになりました。オレ自身は計算した発言や行動ではなくて、感情のおもむくままの姿。それを人が喜んでくれることが好きでした。
 
でもオレ自身は変わっていないけど、認知症になってからは、あまり笑ってくれなくなった気がします。ちょっと寂しいですね。
 
なんだか、認知症と診断された日を境に、オレとオレ以外にちょっとした隙間が空いてしまったような気がします。

関連記事

Pick Up

編集部からのお知らせ!

おすすめの記事

ABJ mark

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標 (登録番号 第6091713号) です。 ABJマークについて、詳しくはこちらを御覧ください。https://aebs.or.jp/