23歳の息子が見ていたもの

息子はこのすべてを、無言で見守った。
「23歳にはショッキングな経験だったね」
施設から帰りの車で私がそう言うと、息子は「いや、僕よりあなたたちのほうがショックでしょ。よくがんばりましたねえ」と私の肩をぽんぽんとたたいた。
弟が息子に「おまえ、いいヤツだな」と言った。

後部座席からの息子の言葉に救われるということ。それは息子さんがしっかりと現実を見守っていたからだ(写真はイメージです) Photo by iStock
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老いた親の姿は、自分の人生と重なって切ない。死も、老いも、怖い。けれど、そんな恐さを、子にあらかじめ知らせておくのも親の役目なのだろう。母なんて、孫にまでそれを伝えた。
母が母ではなくなったのではなく、今の姿も母なのだ。

今年4月半ばに話を戻そう。
実家を去る日。仏壇の近くに黒い小箪笥を見つけた。アンティークな風情が気に入ったから東京に持って帰りたいと夫が言う。
え~、こんなの捨てちゃえば?中は空っぽじゃないの?
開いたら、たくさんのエアメールが出てきた。20代で留学した私が豪ブリスベンやロンドンから書いたものだ。幼くて、拙くて、恥ずかしい字が並んでいた。捨てられなかったのか、しまったまま忘れたのかはわからない。

捨てればよかったのに。
私はママを捨てたのに。
心をかき乱されたけれど、そのまま持ち帰った。
しばらく会えないけれど、手紙が私を母のところに連れ戻す。

小箪笥にしまわれていた、島沢さんからのエアメール。この手紙が、互いの思いを可視化する 写真提供/島沢優子
島沢優子さん連載「子育てアップデート~子どもを伸ばす親の条件」いままでの記事はこちら