1年前から出てきた「異変」

私のママはどこに行ったの?と言いたかった。歌が天才的に上手かった。祖父母を看取ったあとは、カラオケの先生になって店まで開いてしまった。帰省すると、私の好きなブリ大根やがめ煮、鶏のお吸いものを作ってくれた。たくさん親子げんかをしたし、好きじゃないところもあった。私はあけっぴろげな母に何でも言い、衝突し、葛藤もあった。ただ、抑圧はなかったと思う。お互いに傷つけ合っては、傷をなめ合った。

母のヘアカラーはかなり濃くて(あんな色、ママは好きじゃないのに)と思ったら、それだけで喉が熱くなった。

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コロナウイルスの感染拡大がまだそこまで問題になってなかった昨年2月、仕事のついでに実家に立ち寄った。近くに住む弟から「少しボケてきたみたいなんだよね。物忘れがひどいんよ」と連絡があったからだ。でも会ってみると80歳手前の母は元気で、いつもと変わらないように見えた。帰るときは、いつものように外まで出て、最初の曲がり角まで来て見送ってくれた。

ところが、母は変わってしまう。
料理上手で、冷蔵庫の食材を腐らせるなんて絶対になかった人なのに、気を遣わなくなった。ナスなのか、肉なのか、元の物体がわからないものが冷蔵庫にあふれ、近くに住む弟夫婦を閉口させた。弟の報告に「うっかりしたのかねえ」と言いながら、ある予感はしていた。そのうちまた弟から電話があった。
「おふくろ、テレビのリモコンを耳に当てて話そうとしたんだよ。ガラケーだから形状は似ているけど」
「家の中が熱い、熱いって言うから行ってみたら、冷房入れずに暖房入れてた」

いつも冷蔵庫を清潔にしていた料理上手な母が野菜をひどい状態まで放置する。それははじまりのサインだった Photo by iStock