編集者として「作りたかった!」と思った3作品

私の担当書籍を読んでくださった方から「いつもは難しそうで本は読まないけど、この本は読めた」という感想をいただいたことがある。嬉しかった半面、「本を読むこと=難しそう」といったイメージを払拭していかなければ、今後出版業界はつぶれてしまう、とも感じた。

そして今、日本で多く翻訳されている韓国本には、肩肘張って読むような、インテリ然としたハードルの高さはあまりない。視点だけでなく、装丁や本文デザインも含めて、手に取る側にしっかりと寄り添ったつくりになっているのが特徴的だ。読む者に「これはわたしのことだ、わたしの本だ」と思わせる工夫がある。文学作品もエッセイ本も説教がましくないし、傍らに著者がいて、その話を聞いているような読み味なのだ。編集者として、こんな本がつくりたいと思った。

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私がそんな気持ちになった3冊をまずはご紹介しよう。

2020年12月に日本で続編も刊行され11万部以上のベストセラーとなった『死にたいけどトッポッキは食べたい』(光文社刊)は、不安感にさいなまれて生きづらさを感じている編集者の著者が、主治医との対話を記録したものだ。

そのなかに、「20歳の私が今の私に」という一節がある。

未来から過去を振り返ることはある。35歳の私が28歳の自分、28歳の自分が20歳という過去の自分に出会ったら、そんなに頑張らなくてもいいよ、と言ってあげたい。でも、20歳の自分が今の自分と出会ったらー。入りたかった出版社に入って、やりたい仕事をしている自分を喜ぶのだろうか? 一生懸命生きて、もっといい仕事を頑張って常に高いところを求め続ける姿に、きっと泣いてしまう、それで十分だよ、と綴られる。

彼女のように、子供のときに思い描いた大人になれただろうか、と考えたことがある人は多いだろう。私自身も思っていた大人になれた気はしない。しかし、この本では、視点を変えて今の自分を見てみることで、今の自分は案外悪くないだろうと肯定することができた。そんな「自分の愛し方」をこの本から学んだ。

『死にたいけどトッポッギは食べたい』はBTSのRM以外に、Red Velvetのアイリーンも好きな本としてあげている。photo/Getty Images

『女ふたり、暮らしています。』(CCCメディアハウス刊)は2021年2月に翻訳された。『YES24』という韓国の書籍販売サイトで見かけて、ちょっと気になっていた本だった。日本で刊行されると知ったとき、「手掛けたかったな」と少し悔しく思った本でもある。

恋人同士ではない女性二人が猫4匹とともに同居するくらしについて、二人がそれぞれ語っている。楽しいこと、相手にムッとしたこと、お互いがいて安心したこと、などをつづっている。うなずきながら、声を出して笑ってしまいながら、さらっと読める1冊だった。

「人が人と暮らすとは一体何か」を考えさせてくれる本でもある。シングルでもそうでなくても、女性でも男性でも、かつて誰か(恋人や友人でなく父母や兄弟などでも)とくらしたことのある人であれば、わかる、わかるとひざを打って楽しめる本ではないだろうか。

『失われた賃金を求めて』(タバブックス刊)は、当たり前だと思っていたことがガラガラと崩れ去る本だった。ぜひ読んでいただければと思う。韓国フェミニズムがベースにある本ではあるが、国が違っても考えさせられる点は多い。私たちの労働は、家計の足し、おかずを一品を足すための労働ではない。私たちの労働は、私たちのための労働であってほしいと、心から思った。

とはいえ、「私」といっても立場はいろいろ。筆者自身はシングルで、自分の稼いだ金を自分で使うことができる。シングルで自分の生活費用を自分で払って生きられる自分は、かなり恵まれた環境にある。そんな自分の立場から、出来ることを考えさせられた。それぞれの立場から社会に主体的に関わっていこうという気持ちが芽生える1冊だと思う。