2021.05.16
# エンタメ

大ヒット『ドラゴン桜』が示す、この16年で「ジャニーズ」に起きた“巨大な変化”

ヤンキーから「いい子」へ
霜田 明寛 プロフィール

7月期には当時20歳の山下智久が『ドラゴン桜』に出演。

10月期は『野ブタをプロデュース。』が放送。亀梨和也と山下智久のコンビは役名のまま『修二と彰』としてCDデビューし、主題歌『青春アミーゴ』は200万枚を越える大ヒットを記録した(ちなみに、11月に発売された『青春アミーゴ』には、亀梨和也による『ごくせん2』の挿入歌『絆』、山下智久による『ドラゴン桜』の挿入歌『カラフル』も収録されており、それもヒットの後押しをしたはずである)。

 

実は亀梨にとっても山下にとっても、この曲が自身最大の売り上げとなっている。この曲の勢いも収まらない最中、2006年の3月にはKAT-TUNがCDデビューすることになるのだが、2005年はこの2人やKAT-TUNの人気に火がついた年と言っていい。

そして、先述した2005年版の『ドラゴン桜』での山下智久に加え、『ごくせん2』の生徒役だった亀梨の役柄、そしてKAT-TUNのルックスなど、この年に売れたジャニーズは全体的に“ヤンキー風”だった。

ミュージシャンの近田春夫は、当時『青春アミーゴ』を大傑作として「不良っぽいというか(中略)最近のジャニーズでは珍しく、このユニットの声には街の兄ちゃんのヤバさがある。ガキの声には聴こえない」と評している。(週刊文春 2005年12月1日号)

近田の評する通り、不良っぽい雰囲気・街の兄(あん)ちゃんのヤバさを醸し出すジャニーズは珍しい。ジャニーズ全体の歴史からすると、2005年は珍しい時期だったと言っていい。

だが、ジャニーズにおけるヤンキー風ルックスは、2005年の盛り上がり以降、徐々に鳴りを潜めていくようになる。

亀梨自身も「デビュー当時、アクセサリーをたくさん付けてシャツの胸のところを開けて、派手な感じのビジュアルで仕事していた頃」(ピクトアップ 2013年2月号)と振り返る通り、KAT-TUN自体、デビューから15年の時を経て、当初の派手なビジュアルは抑えられている。

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