プラトン(photo by iStock)

ナチスやネオコンの祖?人々をざわつかせるプラトンの哲学とは

社会改革者として注目された
プラトンは、哲学の歴史に決定的な影響を与えただけでなく、読む者を動かし、広範な人びとの実生活にまで影響を及ぼしてきた。今なお人々の知性と感性に訴え続けるプラトンの哲学の「おもしろくて大切なところ」とは?
京都大学教授の中畑正志氏による最新刊『はじめてのプラトン 批判と変革の哲学』から、「はじめに」を特別公開します。

京都市の地下鉄にて

ある夜の京都市の地下鉄。

ふと車内に目をやると、さほど混んでいるわけではないが、全員がスマホをじっと見つめている。いまや珍しくもない、ありふれた光景である(この最終稿を書いている時点では、そこに「全員マスク」が加わっているが)。

ところがそのときの私には、その様子にプラトンが「洞窟の比喩」で描き出した状況が重なって見えてしまった。人びとが洞窟のなかで拘束されて洞窟の壁に人工的に映し出される事物の影だけを見るように強いられている、という有名な比喩だ。

 

地下鉄の乗客と洞窟内の囚人の状況は、ともに地下の世界のことだという以外には、重なるところはあまりない。だから、「洞窟の比喩」を説明するために都合のよい場面に出会えたと思ったわけではなかった。

しかしこれが、プラトンがこの比喩を語るときに何に向き合っていたのかを私なりに実感できた瞬間であった。彼には当時のアテナイの人びとの現実が、まさにそう見えていた。そのような状況を相手にして、観察し、考え、そして変えること。

それがプラトンの課題であったのだ。彼のトレードマークであるイデア論も魂の教説もそれに向けての思考の成果である。

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おもしろくて大切なところ

『はじめてのプラトン』は、タイトルが示すように、プラトンの純然たる入門書である。プラトンの入門書や概説書は、日本にかぎっても次々と出版されており、玉石混淆とはいえ、なかにはたいへん優れたものもある。だから、そうしたたぐいの本を自分で書きたいと思うことはなかった。

しかし編集者の方から誘いを受けて少し類書を覗き、そしていま述べたような経験をして、思い直すところがあった。プラトンの哲学には、まだ紹介に値するところ、別の語り方ができるところがある。それはまた、私にとってプラトン哲学のおもしろいところであり、同時にプラトンにとっても大切なところではないか、と。

その「おもしろくて大切なところ」をあえて一言で表わせば、「批判と変革の哲学」だ、と言いたい。こんなふうに表現すると、プラトンを旧式の左翼の一員に仕立てているように聞こえそうだ。だが、これは特定の政治的立場を表わそうとしたものではない。

批判」つまりクリティークとは、非難したり否定的な態度をとったりすることではなく、相手とする主張の論拠やそこからの帰結などについてよく考察し、事の是非を判断することを言う。

変革」も、政治体制だけではなく、日常的な考え方や生活を含む人間の営みの全体がその対象となる。そしてプラトンは「批判と変革」を自身の思考についても実践していた。――これらすべての意味で、「批判と変革の哲学」なのだ。

だが、このことはこの本の全体を通じてより深く掘り下げて論じるべきことなので、これを高く掲げることはまだ控えておこう。

ゆるぎないプラトンの地位

プラトンの名前を知っている人なら、それと一緒に彼が哲学の歴史にとって重要な人物の一人らしいことも了解しているだろう。その認識は正しい。いや、おそらく、そう認識されている以上にプラトンは重要である。

その重要性を語るのによく引用されるのが、イギリスの哲学者・論理学者で、思想の歴史にも造詣が深かったホワイトヘッドの言葉だ。「西洋哲学の歴史を記述するうえで最も安全なやり方は、それがプラトンへの一連の脚注からなっているというものだ」と彼は語った。

つまり、哲学の歴史は、プラトンが示した考えやとりくんだ問題を、後の時代の人びとがそれぞれに受けとめて論じてきた歴史として考えるのが適切だ、ということだ。

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