その感覚のまま受け入れていくしかない

身体の変化に意識がついていかずに初期は不安になりました。健康自慢の方は思い当たることでしょうが、ちょっとした不調に対して「しっかりと栄養を取って、2~3日休むと大抵好転している」という自己治療が効かないのです。私はそれほどの健康自慢ではなかったのですが、ある程度は自信を持っていました。しかし休んでも回復せず、湿布薬を貼っても、入念にストレッチをしても一向に改善する気配はありませんでした。少しずつ不安が広がっていきます。

その時点では、徐々に動かなくなっていく範囲が広がり、酷くなっていくのを受け入れざるを得なくなっていったのです。それで「これはおかしい、病院に行くしかない」という決断をするにいたりました。そうする以外にこの状況の要因を知る事は出来ないと思いました。自分の知っている「足が動かなくなる要因」をはるかに超えて「凄い病気」なのではないかと、不安と共に恐怖心に近い感覚にもなりました。

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この「病名が分からない時」が一番不安でした。受け入れたくなくともドンドン進行していく足が動かなくなる状況。それが痛みもなく疲労感もなく度合いが強くなっていくのですからたまらなかったです。いっそのこと、体のどこかが反応して「ここが要因」と言ってくれればいいのに、どこも反応してくれないのです。

それと私の場合は、脳みその中のもう一人の自分に話しかけられるようなことがありました。自力で歩けなくなってW杖で少し歩けて立てていたころです。頑張って歩こうとすると「やめとけやめとけ、もう歩けないんだよ」という声が聞こえる感じです。

「うるさい、黙れ、そんなはずないんだよ!」自分に対して大声で散歩中に怒鳴ったことがありました。自分の状態を認めようとする自分と抗っている自分が常に戦っている感じでした。

病名が分からない一番不安な時期でした。しかし「名無しの権兵衛の病気」の病名を、絶対に病院での検査で見つけてもらおうと思いました。

2019年9月、「名無しの権兵衛病」の検査のときの津久井さん。免疫グロブリンも効果がなく、重症筋無力症ではないとわかったころ 写真提供/津久井教生