約2年かけて世界一周した様子を綴ったエッセイ『ブラを捨て旅に出よう』の著者で旅作家の歩りえこさんに、著書では綴られていないエピソードを披露してもらっているFRaU web連載「世界94カ国で出会った男たち」(毎月2回更新)。
今回は、治安が悪い国というイメージが強い「セルビア共和国」を訪れたときのお話。歩さんもそう思っていたそうですが、このセルビアでは思いがけない他人の優しさに触れ、心細かった気持ちが救われたそう。どんな出来事があったのでしょうか?
瞳孔が開いたおじさんと密室に2人きり…
セルビア共和国と聞いて何を思い浮かべるだろう? パッと思いつく人は少ないかもしれない。強いて言えば、「何となく治安が悪いイメージ」だろうか。セルビアは旧ユーゴスラビア紛争時代のニュース映像により、危険な国という印象が強い人も実際多くいると思う。私もその一人だった。
ルーマニアを周った後で首都ブカレストから夜行列車でセルビアの首都ベオグラードへと行くことにした。夜行列車が発車するブカレスト北駅へ向かうと、どこか退廃的な空気感が漂っていた。
ルーマニアで一番治安が悪いと言われるほどのブカレスト北駅。路上生活者がたくさんいて「マネーマネー」と手を差し出してくる。寝台車や1等席だと値段が高くなるので、2等席の切符を購入し、無数のマネーマネーおじさんたちをかわしながら、夜行列車に乗り込んだ。乗車した瞬間、あまりに暗くて重い雰囲気に思わず息を呑み込んだ。
タイのバンコクからチェンマイまで乗った夜行列車の明るいノリとは大違いだ。タイの夜行列車は食堂車が即席クラブになり、乗客がビール片手に音楽に合わせて朝4時まで踊り歌いまくるというファンキーさだった。
旧ユーゴスラビアの国々を数々周って来たが、歴史ゆえなのかどこか重くて暗い空気感の国ばかりなのが印象的だった。コンパートメント式のドアを開けて自分の席に座ると、タトゥーとピアスが入りまくった120kgはありそうないかついおじさんが目の前に座っていた。汗をダラダラかいて、血走った眼でこちらを食い入るように見ている。
ヤバい薬をやっていないだろうか……? それとも太っているだけ? その尋常でない滝汗に思わずあれこれ不安になってきた。瞳孔が開いたおじさんと密室で2人きり。朝までに食われやしないだろうか……?
おじさんは大きな黒い布バッグから鎖のようなモノを取り出した。映画で刑務所の囚人が足に繋がられているような重そうな鎖だ。そして、おじさんはその鎖をドアロックにぐるぐると巻き付けていく。こんな頑丈な鎖でドアロックをぐるぐる巻きにされたら、この密室で何が起きても助けを呼びに行けない。もう朝になるまで、この様子がおかしい滝汗おじさんと2人きり。正直何が起きてもおかしくない状況だ。
【日本人女性バックパッカーがベオグラード行き夜行列車で男性にレイプされ、窓から投げ捨てられて遺体で発見される】
あり得なくもない……。心細くてつい不穏なことを想像してしまう。