不登校ユーチューバー「ゆたぼん」が踏みにじる学校義務教育って何

中学校受験競争激化と根は同じ
山本 一郎 プロフィール

そう言われても反論できない

ゆたぼんさんの動画を好意的に見ると、「学校に行かなくても学べることは多くある」「自分のしたい勉強をするべき」「学校に行っている他の子どもたちの主体性が乏しく、ロボットのようである」という、いまの大部屋式の義務教育に対する疑問を投げかける内容です。

別に無理にいま学校に通っている小学生、中学生のことを悪く言わなくてもよかったのではと思いますし、単に自分の決定として本当に「学校で学ぶことばかりが人間の成長に繋がることとは言えない」と肯定的に話していれば、不登校問題が「学校 に通う⼦・家庭」VS「不登校の⼦・家庭」という不⽑な図式にならなかったのでは、とも感じます。

言い換えれば、単に「自分が不登校」というだけではたいしたアクセスにならない内容を、「周囲の子どもがまるでロボットのよう」「考えなしに学校に通う子どもも親も思考停止である」と学校に通わせる家庭を否定すればそれを見ておおいに賛同する人も自分を否定されたと激しく怒る人も見物に来る、という煽りの手法を使っているのが分かります。

他方、ゆたぼんさんが誰かしら家庭教師をつけるなり、他の学校教育に比する講義を受けるなどして、学力的に他の同世代の子どもにキャッチアップしようとしている節はあまり見受けられません。

もともと不登校になった理由も、学校から出された宿題をやらずに教諭から叱責されたことだとの話で、それが真実だとするならば、学校教育全体の問題というよりは、その担当であった教諭の指導方針とゆたぼんさんの学び方やモチベーションについて合致しなかったことが問題だとも言えます。

脳科学者の茂木健一郎先生は、一連のゆたぼん父子の言動を支持し、動画でも丁寧にゆたぼんさんの主張に寄せるようにしていまの学校制度の問題を提起しています。

私も、学校教育、とりわけ義務教育(初等中等教育)が目指すべきものは何か、という点で、戦前から一貫して行ってきた我が国の義務教育の在り方やその意義、目的について揺らいでいる(ように見える)あたりに課題があるのかもしれないと思います。

というのも、戦前から戦後しばらくまでは、読み書き算盤といった基本的な人が生きるための素養を身に着ける一方、国策としての富国強兵に見合った国民を滋養するという大目的があったため、画一的な教育で一定以上の学力を持たせることを良しとする初等中等教育の、ひいては現在の義務教育の輪郭が出来上がるに至ります。

その後、文部科学省(旧文部省)と日教組との戦いを経て、文科省の勝利に終わったものの、日本各地の教育制度は自治体と教育委員会がバラバラに存在し、文科省と言えども号令をすれば全国の学校が右から左に動くという状態からは程遠い環境となりました。

学校の現場も、正面からゆたぼんさんから動画で「学校になんか、行かなくていい」と言われたら、なかなかそれに対して適切な答えを用意できないのではないかと思います。

私も中学時代、不登校ではありませんが生活態度が悪いと担任の教諭から言われたとき「山本君は生活態度が悪いね」「そうですか、なぜ生活態度を良くする必要があるのですか」「それは君……」と絶句されたのをよく記憶しています。

中二病的な屁理屈ではありましたが、自分なりに考えて真面目に生きているのに、学校がその環境を維持するために子どもの生活態度を矯正するという発想が、画一的な社会人を作り自発的に生きようとする子どもの考えを押さえつけている側面はあるかもしれません。

 

それから時を経て自分なりに考えて生活を自ら引き締め、いまでは立派に働く中年になっていますが、小学校・中学校のときに敷かれたレールから零れ落ちることも厭わず自分の考えていることをする、というのもまた立派な学習・経験なのかもしれないと、いま振り返って思うのです。品行方正に問題なく学校生活を送る、ということだけが人生の近道ではないと知ることになります。

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