「この人がいなくなってしまったら……」
好きな人と一緒にいると、これからもずっと一緒にいれたらいいな、この先もずっと一緒に笑い合っていたいな、と思うことは誰にだってあるだろう。
でもこの「好き」という気持ちが、度を超えて、相手への「依存」になってしまうとしたら……。

漫画『モトカレマニア』作者の瀧波ユカリさんにインタビュー! 作品に込めた思い、人を「好きになる」ことと「依存」の境界線などについて話を伺いました。

【1週間限定】『モトカレマニア』第1巻まるごと試し読み!
(閲覧期間:5月22日(土)23:59まで)
>試し読みはこちら!

マンガ/瀧波ユカリ 文/FRaU編集部

人に「依存」してしまうのはなぜ?

筆者には、相手に依存された経験もあるし、自分が依存していたかも……と思い当たるような経験もある。

相手に「一緒にいると居心地がいい」と思ってもらいたくて、自分の本音を伝えることを避けてしまったり、自分を偽って接してしまったり……。相手に喜んでもらえることばかり探しては、自分のことは後回しに、相手のことばかりしてしまっている自分に気づいてハッとしたことがある。

逆に、相手の本音が聞きたいのに顔色ばかり伺われ、最後まで本音で話してもらえずに同調されるばかりで距離を感じるようになったことや、過度な束縛からなかなか解放してもらえず、一緒にいることに疲れてしまったこともある。
どちらも経験したことがあるからこそ、この「依存」の上に成り立つ関係はやはり正常ではないな、と思う。

「まず自分のことを愛せなければ、他人を愛することなんてできないよ」

思い返してみれば中学生〜高校生あたりから、この言葉をよく友人たちとの会話の端々で耳にするようになった気がする。「そうだよね」と会話を続けつつも、なぜか心がミシミシッと痛むような感覚があった。
「私、本当にわかっているのだろうか……」
おそらくあの頃から、今になってもずっと、この問題は心に引っかかったままになっている。

モトカレマニア(6) (KC KISS)

先日5月13日、瀧波ユカリさんによる漫画『モトカレマニア』最新刊第6巻が発売になった。

第1巻での主人公・難波ユリカはモトカレのマコチが好きすぎて、別れてから5年経ってもいつも妄想の中でマコチに話しかけて暮らしていたり、転職先もマコチとの思い出をきっかけに選んでみたりと、常に「マコチありきの自分」として生きていて、どこかふわふわした印象だった。それが話が2巻、3巻と進むにつれて、常にマコチを通して自分自身の価値を測っていたことに気付いたり、自分自身の本音にしっかり向き合うようになっていく。

-AD-

筆者も第1巻から読んでいて、はじめの頃こそユリカ自身、自分よりマコチにフォーカスが当たっているせいか、「自分は何が嬉しいのか・何が嫌なのか」などはっきりと理解できていなかったように見えたけれど、そこから徐々に自分の気持ちを理解し始めて、きちんと意見が言えるようになって……と、どんどん自立していくユリカの姿にとても勇気づけられた。

これぞセルフラブ! 私の中でずっと引っかかっていた「まず自分のことを愛せなければ、他人を愛することなんてできないよ」の言葉を思い出す。まさにユリカはそれができるようになってきたんだろうな……(私は今でも難しさを感じているというのに…)。本当にすごいと思う。

それにしても、なぜ人は時に「好き」が「依存」に変わってしまうのだろうか?
誰かを好きになることはとても素敵なことなのに、いつかその気持ちが「依存」になってしまったらどうしよう……。実はここ最近、かなり久しぶりの恋愛に心弾ませているアラサーの筆者は、読み進めながら登場人物たちの恋模様を自分と重ね、色々と考えてしまった。