自分に素直になってみると……

ここで注意しなくてはならないのが、あなたにとって不要・不適・不快なのは、義母との「同居」であることです。義母の存在そのものではありません。もしご自身の心の奥底 に「同居しない暮らし」への思いがあったならば、素直に、いえ、積極的に自分自身で受け入れましょう。もしかすると事態が動き出すかもしれませんよ。

「別居なんて、物理的にも心理的にも、何よりも経済的に無理」だと思っていたはずなの に、正直な心を認めた途端、事態がなぜだか思いもよらない展開をし始める不思議。そんなことを起こしてくれるのが断捨離です。

だから今は、どんなに義母さんとの「イタチ ごっこ」が続いても、諦めることなく断捨離を続けてください。なぜなら、あなたの断捨離は、まだ始まったばかりなのですから。

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実家の断捨離が進まない!

Q2
母の遺品整理が進みません。
先日、おびただしい量のモノを遺して母が逝きました。遺品整理をしたいのですが、「故人の自分軸」は確認する術がなく、途方に暮れ ています。というのも、生前の母はとにかくモノを手放すことに反抗的で、私が助言してもまったく聞き入れてくれなかったからです。
考えるだけで、もう逃げ出してしまいたい気持ちです。

A
あなたの質問を読ませていただき、私も亡くなった母のことをしみじみと思い出しました。私の母もまた、あなたのお母様と同様、「モノを捨てる」という事実一点に激しい抵抗を示し、思考が鮮明だった最後に言った言葉も「それ、捨てないで!」のひと言だったからです(もちろん、母自身がまったく無用だと思っていたモノであったにもかかわらず)。

この時の私の激しい落胆と無念、あなたにならきっとお分かりになっていただけるはず。モノを溜め込んだまま、自分で始末をつけることなく逝ってしまった母親。その始末を、心ならずも引き受けることになったあなたの戸惑いは、いかばかりか。
かつて同じような状況にあった私がどのように考えているか、少しでもご参考になれば幸いです。
 

故人が遺していったモノたち。それらは、もはや残骸でしかありません。生活の残骸、人生の残骸ですね。なぜなら、それを活かす人が居なくなってしまったからです。けれど、その中には故人の、あるいは故人さえも意識していなかった「埋もれた宝物」があるのでしょうね、きっと。
あなたはまず、この2種類が存在していることを理解しなければならないと思うのです。

実家の断捨離は埋もれた宝物を探す作業 Photo by Getty Images

つまり、母親が遺していったモノたちの中には、「土砂」のモノもあれば「砂金」のモノ もある。今は、これらが入り交じった状態です。そして、土砂が圧倒的な量であることは 言うまでもありません。
ですから、その土砂を丹念に取り除いて差し上げる行為こそ、母親の供養となるとは 思いませんか。