IZ*ONE解散…宮脇咲良が世界で活躍するには「韓国に戻る」しかない

松谷 創一郎 プロフィール

コロナが終わらせる「AKB商法」

しかもAKBサイドにとって、その代償は予想以上に大きかった。IZ*ONEとしてのデビューを勝ち取れなかった高橋朱里と竹内美宥も、ほどなくAKB48を離れて韓国で渡って再デビューした。なかでも高橋は、次期総監督を期待されたメンバーだった。

番組終了後には、日本に戻ってくるメンバーの能力が塩漬けにされることを危惧して、筆者は海外進出が可能なAKB48の精鋭チームを創ることも提案した(「高橋朱里が『PRODUCE 48』で痛感した『日本と韓国の違い』」2019年1月22日)。後に、かねてからそうした展開を期待するAKBファンが存在することも知った。

だが、その後もAKB48ではそうしたチャレンジはいっさい見られなかった。その後に制作されたIZ*ONEの日本語曲を見れば、意図的にやらなかったのではなく、能力的にできなかったのだろう。

当時のAKB48とIZ*ONEの日本活動の運営会社であるAKS(現ヴァーナロッサム)は、ビジネスモデルばかりが先鋭化し、プロダクションとしての水準はきわめて低かったと断じざるをえない。しかもNGT48でメンバーが被害を受けた事件においては、ガバナンスがまともに機能していないことも顕わとなった。もはや、プロダクション以前の問題だ。

結果、48グループの人気は限りなく低迷し、そこにコロナ禍が巻き起こって「AKB商法」と呼ばれたビジネスモデルも破綻しつつある。いまや存続すら危ぶまれる状況だ。

“パンドラの箱”を全開にしただけでなく、AKB48は自滅した。

 

「IZ*ONEの過去がもっと輝くために…」

「いまから私たち(12人)は、正直、勝負でもあると思うんですね。(略)IZ*ONEの過去がもっと輝くためには、いまからの私たちがもっと頑張らないといけない」
(bayfm『今夜、咲良の樹の下で』2021年4月29日)

4月28日のIZ*ONEの解散直後、宮脇咲良は自身のラジオ番組でそう述べた。常に前向きで貪欲な宮脇らしい発言だ。

おそらく彼女は、今後さらに羽ばたいていくだろう。矢吹奈子と本田仁美も同様だ。

そして彼女たちは、決して日本のファンを見捨てることもないだろう。エンタテインメントが今後より一層グローバル化するなかでは、その拠点はソウルでも東京でも、あるいは上海でもどこでもいい。単に、飛行機で数時間の移動が必要なだけの話で、北海道から福岡に飛ぶのと大差ない。

それよりも重要なのは、国や都市がどこであろうとも、3人のような豊かな才能を持つ人物がその力を十全に発揮できる環境の整備だ。現状、東アジアでそれに秀でているのは東京やJ-POPではなく、ソウルでありK-POPということだ。

われわれは、IZ*ONEを終えていったん戻ってきた3人の未来を想定しておく必要がある。

たとえば3年後、宮脇咲良がグラミー賞の授賞式で世界中のひとびとを魅了するパフォーマンスを繰り広げるような未来だ──。

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