福島第一原発事故の衝撃の事実…大量の放射性物質はどのように放出されたのか

「2号機の危機」 第4回

3つの原子炉が相次いでメルトダウンし、原子炉や格納容器を納める原子炉建屋が次々に爆発するという未曾有の原発事故を描いた『福島第一原発事故の「真実」』(小社刊)が大反響を呼んでいる。

NHKメルトダウン取材班は、10年に及ぶ徹底的な調査報道を通じて、東日本壊滅の危機を免れたのは、吉田昌郎・福島第一原発所長らによる決死の消防注水が功を奏したというよりは、消防注水の失敗や格納容器のつなぎ目の隙間から圧が抜けたりといった幾つかの偶然が重なった公算が強いことを明らかにした。

現代ビジネス、ブルーバックスWebでは、吉田所長が死を覚悟したとされる「2号機の危機」を描いた、同書の6章を全4回の連載で完全公開する。事故発生当時に考えられた事故像を覆す衝撃的な内容は、読むものを震撼せしめるはずだ。

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やがて東の空が白み始め、事故から5日目の朝を迎えようとしていた。

この頃、東京では、社長の清水が海江田らにかけた電話を発端に大きな騒動が起きていた。東京電力の全面撤退問題である。

総理官邸 東電撤退問題

霞が関の総理官邸は、まだ夜のとばりに包まれていた。午前3時頃。防災服を着て総理執務室の奥のソファーで仮眠をしていた菅を秘書官が起こしに来た。

「経済産業大臣からお話があるということです」

菅が執務室に行くと、経産大臣の海江田以外にも、官房長官の枝野や官房副長官の福山らが待っていた。海江田が東京電力の清水社長から福島第一原発から撤退したいという電話がかかってきていると報告した。枝野も同じような電話があったと話した。「どうしましょうか」とみなが尋ねてきた。そんなことはあり得ない。菅は即座にそう思った。

福島第一原発からの撤退意向を海江田経産相や枝野官房長官らに打診したと受けとめられていたが、菅総理にはあっさりと否定した清水東京電力社長

14日夜から15日未明にかけて清水は、海江田や枝野、それに原子力安全・保安院院長の寺坂に電話をかけ「プラントが厳しい状況で、今後、ますます事態が厳しくなる場合は、退避も考えている」と話していた。これを海江田や枝野らは、東京電力が福島第一原発から全員撤退すると考えていると受け止めたのである。

一方、清水は、後の東京電力の調査に対して、「プラントが厳しい状況にあるため、作業に直接関係のない社員を一時的に退避させることについて検討したい」と言ったのであって、「全員撤退と言ってない」と話している。ただ、東京電力も清水が「一部の社員を残す」ということを明確な言葉で伝えたかどうかは明確でないとしている。

菅は、海江田らに「撤退などしたら1号、2号、3号どうするんだ。燃料プールだってある。そのまま放置したら東日本全体がやられる。厳しいがやってもらうほかない」と強い調子で言った。

「清水を官邸に呼んでほしい」菅はそう指示を出した。

午前4時を回った頃、清水が総理執務室に入ってきた。

「どうなんですか。東電は撤退するんですか」菅が切り出した。

「そんなことは考えていません」

清水は、特段躊躇らしいものを感じさせず、そう答えた。固唾を飲んで見守っていた総理執務室の何人かが、清水の言葉に、一瞬、拍子抜けしたような顔を見せた。執務室に緊張と当惑が入り混じった不思議な空気が流れた。若干の間があった後、菅が清水に告げた。

「情報がうまく共有できないから、政府と東京電力が一体となって対策本部を作ったほうがいいと思う」少し前から考えていた事故対策統合本部の提案だった。

この提案についても、清水は、躊躇らしいものを感じさせず、すぐに了承した。

続けざまに菅は、総理補佐官の細野を東京電力に常駐させたいと話し、準備のためにすぐにでも本店に行きたいと言った。これには、2時間待ってほしいとさすがに清水が抵抗したが、菅は「そんなに待てない」と言って、1時間後に行く約束となった。準備にわずかしかないと見た清水は、午前4時40分すぎに官邸を後にした。

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