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相手の言葉が聞き取れない…「気が散る」のレベルを超えた、注意障害の苦痛

発達障害=「無理ゲー世界」体験記・3

さて、元定型発達者だった僕が後天的に発達障害と酷似する障害(高次脳機能障害)の当事者となることで経験した「異世界探訪記」も、今回で第3回。

ここまでツイッター等での読者様の反応を見ていて驚くのは、定型発達者の「まさかそこまで不自由だとは思わんかった」というリアクション(まさに健常脳だった頃の僕もそう思ってた)と、発達障害当事者の「むしろ定型発達者はそんなことが自由自在にできるのか!?」という驚嘆の、想定外のギャップの大きさだ。

定型発達者と非定型発達者、これほど感じ方(脳の情報処理スタイル)に差があるにもかかわらず、一方的にマジョリティとされている定型発達サイドに社会を合わせられたら、そりゃ非定型側の特性が「障害化」するのは当たり前にも思える。

にもかかわらず「こんな定型基準の不自由な社会でやってられるか!!」と憤る当事者よりも「そうか、定型発達者はそんな便利な世界に生きているのか……」という切ない溜息のような感想を漏らす当事者が多かったのもまた、印象深い。

「やってられるか!」と喚くことのできる中途障害の当事者である僕に対し、先天性である発達障害の当事者たちには、「それでもやってきた」という重い時間が覆いかぶさっているように感じた。

ということで、第3回は注意障害編の最終回。連載第1回で触れた、情報が脳に「全部入ってくる」症状についてだ。

 

気付けば「マイク」が変化していた…

さて、第1回では、カフェの騒々しさの中で特定の相手の声だけを聞き取る、いわゆる「カクテルパーティ効果」が誤作動して、目の前の話を聞かなければならない相手の声ではなく、なぜかその環境内で最も不快な「威圧的な中高年のオッサン声」に注意がゴリラグルー(アメリカの超強力接着剤)してしまうという、心底勘弁してほしい障害特性について触れた。そして第2回は、「ネガティブ思考へのゴリラグルー」について説明した。

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