ただ取ってある、それだけの事実

その理由を尋ねたところ、彼女は当たり前! と言わんばかりの顔で、「ホコリよけです」と答えたのです。なるほど、確かにビニール袋をよく見ると、うっすらとしたホコリが覆っていました。
そう、持ち主である彼女にしてみれば、ホコリよけまで施して大事に取ってあるつもり。でも結局のところ、それは「取ってあるだけ」であって、決して「可愛がっている」訳ではなかったのです。

その証拠が、ビニールに積もったホコリです。一体彼女はどれだけの時間、これらのぬいぐるみたちを放置していたのでしょう。状況からして、おそらく数年の単位ではないはず。その間、そのぬいぐるみたちは触られることも、抱かれることもなかったのです。
私には、ぬいぐるみたちがビニール袋という棺におさまったミイラのように見えました。ああ、この子たち、生きていない、死んでいるんだ、と。

ぬいぐるみを今も可愛がっているのか?Photo by Getty Images
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ともすると断捨離は、「捨てる」「捨てない」「捨てたい」「捨てられない」にばかり焦点が当たってしまいます。けれど、いいえ、それは違います! とはっきり申し上げておきますね。なぜなら、断捨離が焦点を当てるのは「今、このモノとの関係が生きているのか、いないのか」だからです。

もしもあなたが、その大事なぬいぐるみたちを今も愛めでて慈しんで可愛がっているのなら、生きているそれ。逆に、もしも今は触ることも抱くこともなくなっているのなら、死んだそれです。

断捨離に励まれているならば、生きているぬいぐるみと死んでしまったぬいぐるみとでは、今後すべきことが違うとお分かりのはず。「生きているモノ」は、よりその存在が輝くようにケアを。「死んでしまったモノ」は、すみやかにとむらうことをおすすめします。