スタジオジブリ公式サイトより

ジブリとガンダム、日本の2大アニメの「運命を決めた」凄い雑誌があった…!

「アニメージュとジブリ展」未見の人へ

残念ながら、ゴールデンウィーク前に閉幕

東京は松屋銀座で開催されていた展覧会『「アニメージュとジブリ展」一冊の雑誌からジブリは始まった』が、緊急事態宣言の発令を受けて会期途中の4月24日をもって閉幕した。連休中の鑑賞を考えていた人も多いと思う。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、適切な配慮とは思うが残念だ。

「アニメージュとジブリ」と銘打った同展覧会は、現スタジオジブリのプロデューサーである鈴木敏夫が編集者として活躍していた、徳間書店のアニメ雑誌「アニメージュ」が主役。

1978年創刊時から、スタジオジブリ第一回作品である『天空の城ラピュタ』が公開された1986年までの間、同誌で取り上げた宮崎駿や高畑勲、大塚康生らの作品の記事、さらに『風の谷のナウシカ』に関する貴重な資料を中心に構成された展示だった。

「アニメージュとジブリ展」入口(筆者撮影)
 

しかし同時に、同誌創刊前後のアニメと雑誌をめぐる状況や、『機動戦士ガンダム』を筆頭とする当時のアニメ作品の記事や付録の数々、さらに「アニメージュ」から派生したイベントや書籍を通じて、70年代末から80年代半ばまで続いたアニメブームの流れを俯瞰できる展覧会でもあった。

本稿では筆者が同展覧会を鑑賞してもっとも印象に残った、1981年のある特集記事について解説したい。その記事は、「アニメージュ」ならびに、日本のアニメーションを代表するスタジオジブリ作品と「ガンダム」シリーズの分岐点だったと言えるであろう。

アニメ雑誌が「未知のジャンル」だった頃

「アニメージュ」が創刊されたのは1978年の5月。前年1977年に劇場版の公開に合わせて刊行されたガイドブック「ロマンアルバム宇宙戦艦ヤマト」が累計40万部のヒットとなったことを受けて、アニメーションの専門誌を作ろうと考えた初代編集長の尾形英夫によって企画された。

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