在宅勤務、宴会自粛、エンタメ公演の中止――コロナ禍ですっかり生活様式が変わり、自由な時間は増えたはずなのに、なぜかダラダラ過ごしてしまう。よっしゃと気合を入れて買い込んだ話題の本も、部屋の隅に積んだままという人は多いのではないでしょうか。
3月に、作家キャリアでは初めての短編集『どの口が愛を語るんだ』を刊行した直木賞作家の東山彰良さんが、そんな「今」読書するのにうってつけな3作品を選んでくれました。

撮影/森清
東山彰良(ひがしやま・あきら)
1968年台湾生まれ。5歳の時に日本に移る。2002年『逃亡作法 TURD ON THE RUN』で「このミステリーがすごい!」大賞銀賞・読者賞を受賞しデビュー。’09年『路傍』で大藪春彦賞、’15年『』で直木賞を受賞。『罪の終わり』で’16年中央公論文芸賞受賞。’17年『僕が殺した人と僕を殺した人』で織田作之助賞、読売文学賞、渡辺淳一文学賞を受賞した。
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ルールに縛られず、自由に描けた“純文系”4つの短編

閉塞的な片田舎の温泉街を舞台に、行き場のない無軌道な感情が衝撃的な結末に向けて突っ走っていく青春小説「猿を焼く」。風変わりな同級生とのまさかの邂逅が訪れる「イッツ・プリティ・ニューヨーク」。同性婚が認められた台北で交錯する4人の男女の愛の応酬を描く「恋は鳩のように」。そして、正体不明の“やつら”から息を潜めて生きる人々の緊迫感に息を呑む「無垢と無情」。壮大なエンターテイメント小説に定評のある東山さんのこれまでの作品とは、また別の顔をもった四編の物語。これらは奇しくも、2019年末から2020年の半ばにかけてコロナ禍の間に描かれ、そして『どの口が愛を語るんだ』という一冊になりました。

「エンタメの場合は“オチ”をつけなきゃと意識しますが、純文学系の雑誌で発表したことで、そこから自由になれました。短編は、その作家がコアに持っている要素がギュッと凝縮して出てくるもの。なのでこの本は、まさに自分の特長が分かりやすく詰まっているはずです。それぞれが独立した物語ながら、ここには貫かれたテーマらしきものがあって、“愛の周りにあるもの”を描いていますね。執筆時期にそんなことを考えていたんだと、こうして本になったことで気付かされました」

本来であれば、海外に長期間滞在して現地での交流を行う予定があったものの、それもままならなくなったという。「旅」は、書くことと同じくらい東山さんにとって欠かせない。その機会が奪われてしまった期間に溢れ出てきた言葉が、作品に結晶しています。

サラリーマン時代、小説を読んだことはほぼなかった

「そもそも家で仕事をしているので、外出をしないこと自体は苦にならないですが、“しない”のと“できない”のではまた違う。そういう意味ではフラストレーションが溜まっていたかも。この間、中国の作家の作品をたくさん読みましたね。莫言をはじめ、彼らの物語る世界は想像もつかないようなホラで楽しませてくれる。マルケスなど、南米の作家にも似ていると感じています」。

数々の作品を世に出し、今や直木賞作家でもある東山さんの読書歴は、さぞ輝かしいものかと思いきや、大学卒業後に就職した頃までは、小説にまったく縁がなかったのだとか。
「サラリーマンに見切りをつけて大学院に入学し直し、論文を書くための語学習得用にエルモア・レナードの『グリッツ』を原書で読んだらすごく面白くて、そこから小説を読み始めました。チャールズ・ブコウスキーや、ジャック・ケルアックなど、どんどんハマっていきました」。