外でうらやましがられる夫。帰宅すると…

一方、元夫との間には、少しずつ隙間風が吹き始めていた。幼稚園の送り迎えにお弁当づくり。仕事も細々とだが続けていたので、日々の生活はいっぱい、いっぱい。それでも元夫は、要求の水準を緩めてはくれなかったのだ。

「結婚してから、けんかするたびに『出ていけ』『離婚だ』と言われていました。私にも悪いところはあったので謝ると、それでけんかは終わるのですが、『お前が口火を切ったのだ』と言われ、毎回もやもや…。いま思えば、心からの夫婦の話し合いは最初からできていなかったような気がします」

実際「けんか」は成立しなかった。常に悪いのは真美子さん。意見を伝えても、それを認めてもらったことはなかった(写真はイメージです) Photo by iStock
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当時、元夫は仕事でストレスを抱えていたようで、機嫌が悪いことも多かった。
「家に帰ってきたときに夕ごはんをフルセットで出せず、味噌汁をよそうのが遅れたりしようものなら『あのさ。俺、なんのために帰るコールしているんだと思う?』と始まるんです」

口ぐせのように「俺の母さんはもっとうまくやるぞ」と。その一言が真美子さんの心の中に溜まっていった。そして、そのことを夫婦で話し合うこともできず、子どもと3人の生活を過ごしていた。
「知らず知らずのうちに、あらを見せないよう、文句を言われないようにしていたと思います」

元夫はよい父親ではあったから、幼稚園の運動会やバザーなどの行事では、率先して保護者としての手伝いをこなした。ママ友には「○○ちゃんのお父さんて、すごいホスピタリティがあるね」などと褒められ、「幸せね」と羨ましがられたが、真美子さんにとって、元夫のその行動は恐怖でしかなかった。
「外でものすごい気を遣って疲れるせいか、家に帰ると鬼のように不機嫌で、無口になるんです。本来、そんなに社交的なタイプじゃないのに、必死になってみんなを盛り上げてわーっとやっている。その姿も痛々しいし、あとの反動が怖くて、頼むからやめてくれ、って祈るような気持ちでした」

娘が私立の小学校に上がると、元夫は真美子さんと娘に、それまで以上に「きちんと」した生活を求めるようになった

「元夫が帰ってくるまでに、娘の宿題が終わっていないと『学校から帰っていままで、何をしていたんだ?』と、娘ではなく私を責める。公文に通わせていて、思うような成績でないと『おまえ、通わせているだけで安心してるだろ、成果が引き出せないと意味がないんだぞ』と、娘ではなく私に小言を言う。そのたびに、そうか、私がもっとがんばらなきゃと反省して、一生懸命やるんだけど、なかなかうまくいかなくて。このころにはもう、元夫が怖くて、元夫の帰宅時間が近づくと、あらはないか、文句を言われるところはないか、トイレの便座は拭いたかと、動悸がするようになっていました」

そのころ、持病から更年期が早く始まったこともあり、真美子さんは軽いウツになっていた。子どもを叱る自分自身の背後にいない夫を感じていた。
「私、娘に手を上げるようになってしまったんです。元夫が帰ってくる前に宿題を終わらせなければいけないのに、子どもってたらたらやっていたりするでしょ。そうすると、イライラして手をペシッ。カーッとなって、娘の前で鉛筆をポキッと折ってしまったこともありました」
限界を感じて、真美子さんは自分でメンタルクリニックに行った。