日本一有名な小説「源氏物語」、今の京都の言葉に訳したらこんなにスゴかった

担当編集が衝撃を受けた「いしいしんじ訳」
小泉 明奈

「かしづきぐさ」の衝撃の訳

一番好きな箇所は、「わかむらさき」帖の末尾である。光君が自宅に住まわせるようになった、紫ちゃんとの関係が述べられる。

 いまはこの、新しい「おにーちゃん」に、ほんまようなついて、めっちゃ仲良し。 外から帰ってきはったら、まっ先にお出迎え。光君の、膝の上に抱っこされて、ひ そひそ、かわいらしゅうおしゃべりしはって。
 (中略)
 血のつながった父娘でも、さすがにこれくらいの年頃になったら、気やすうおしゃ べりしたり、いっしょに寝たり遊んだり、ふつうありえへんやん。光君にとった  ら、マジ箱入り。お人形さん、イン・ザ・ボックス。

イン・ザ・ボックス。唐突なようで文章全体との語感も良く、じわじわと気になってしょうがない表現である。ここもすぐさま原文を確認したものだ。「これはいとさま変りたるかしづきぐさなり、と思(おぼ)いためり。」とあり、前出の古典セレクションでは「これはまことに風変りな秘蔵娘と、君はお思いのようである。」と訳されている。「かしづきぐさ」とは、古語辞典によると「大切に守り育てる対象」という意味だ。これをいしいしんじ氏は「お人形さん、イン・ザ・ボックス。」と訳すのだ。古典を読んでいて、こんなに楽しい訳に出会ったことがない。どうすればこんな表現が浮かぶんだろう、と衝撃を受けた。

「もみぢの賀」帖での、光君と正妻・葵サン(葵の上)との関係が語られる箇所も好きだ。

 おおぜい大臣がいたはるなかでも、とりわけ世評の高い、左大臣のおとうはんが、 皇女やったおかあはんと、ていねいに手ぇ尽くさはって、玉みたいに育てあげはっ たひとり娘。もともと、意識チョー高うて、まわりの誰かがええ加減なことしでか したら、ぜったい許さはらへん性格なん。
 そのいっぽう、光君は光君で、だいたいいつも、イヤイヤ、そこまでしゃちほこば らんでも、みたいな、へらへらな態度やん。そんなことらもあって、自然と、ふた りのこころに、溝がはいってしもたんかもしらへんね。

 

光君と葵サンがなにやらしっくりといかない夫婦関係だということは、児童向け源氏物語を読んだ頃から知っていたが、それがなぜなのか、私はこれまであまり理解できていなかった。この箇所を読んで、すとんと腑に落ちたものだ。意識高い系女子と、へらへらしたチャラ男では、そりゃあ性格が合わないよな、と。なお「しゃちほこばる」は、聞き慣れないが現代語で、しゃちほこのようにいかめしく構える、という意味である。

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