伝説の事件記者がはじめて語る「グリコ森永事件」6人の犯人像〈後〉

元毎日社会部・吉山利嗣氏✕岩瀬達哉氏
岩瀬 達哉 プロフィール

吉山 リーダーは家におって、丹念に新聞を読んで、色んな知恵を持った年配の人やと思うんです。サブリーダーと兵隊は喧嘩は強いし度胸もあるしね。

当時、自分なりに犯行の手口を分析し、挑戦状を分析したら、あるところで書き方が変わっていたんです。私たち記者にとっては挑戦状が唯一の物証ですから、克明に見ていくと、あるところで内容が変わってきて、犯行のやり方も変わってきているなと思ったんです。ああこれはカネ目当てになってきたなと。

岩瀬さんそう思いませんでした?

 

グリコ創業期との因縁

岩瀬 江崎社長を拉致して出した初期のころの挑戦状と、それからしばらくしてから変わったなという印象を受けたんです。

最初の頃は間の抜けたような、あまりリアリティのない文章なんですけど、途中からおちょくりながらも整合性のとれた文章を毎回書いているなという感じがしますね。

吉山 挑戦状をずっと見ていると、おそらく、犯人のグリコへの動機は恨みですわ。
グリコは戦前、大正期に創業して、小さい会社から大きくなりましたよね。
水防倉庫のなかで江崎社長に着させていたオーバーコートも戦前の朝鮮のものですよね。だから創業当時からのなにかのトラブルがあって、それをずっと根に持っていたんじゃないかと。

岩瀬 あのオーバーコートは、戦前のコートを仕立て直したものでしたね。

吉山 ある捜査幹部は、根本はグリコの創業当時の朝鮮半島にあるのではないかと言っていました。だから私佐賀の江崎社長の父・利一氏が生まれ育ったところへ行って、いろいろ調べたこともありましたけれども。

この流れを知っているのは大番頭の大久保武夫会長(当時)しかいないわけです。江崎社長は知らないですわ。だから大久保会長を絶対に聴取しなければいけないとみんな思っていたのに、「ウチは被害者や」といって断られて、それ以上よう突っ込まなかった。

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