東京・学芸大学の駅から離れた住宅街に、いつも長蛇の列を作るチーズケーキ店「A WORKS」。コロナ下で、週3日だけの自粛営業を続けるなかも、20〜30代の男女を中心に、平均2時間待ち、最長4時間待ち(!)という行列は途切れない。文字通り鮮やかな虹色のレインボーチーズケーキ、ピスタチオのチーズケーキ、あんバターチーズケーキ、オレオクッキーやロータスビスケットがのったチーズケーキ……。他では見たことのない、自由で大胆な発想で作られたケーキは、すべてオーナーの船瀬洋一郎さんが考案し、生み出したものだ。驚くべきは、船瀬さんがパティシエになるための勉強を、一切したことがないということ。さらには、宣伝・PRにまったく経費を使うことなく、SNS上での口コミのみで現在の人気店へと育て上げていることだ。

お客さんに「どれがチーズケーキですか?」と聞かれることもあるという店頭のショーケース。すべてがチーズケーキだ 撮影/嶋田礼奈

「チーズケーキのアーティスト」は、どのようにして常識外れの無数のレシピを生み出し、どのような手腕で若い世代をひきつけているのだろうか? そこには船瀬さん自身の波乱の人生から生まれた哲学とビジネス戦略があった。

構成/渥美志保 

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建設業から30歳でカフェ経営者に転身

兵庫県の尼崎で生まれ育ち、高校卒業してから30歳までは、建設業で発電所を作ってました。10代の頃はアパレルの道に進みたいと思っていたんですが、父を手伝ううちに、なんとなく……。周りからは変なヤツと思われてたと思いますね。競馬新聞を読む男性だらけのむさ苦しい職場で一人、女性ファッション誌を読み、髪型は金髪のツインテールで、ピアスの穴も11個もあいてましたし。

船瀬洋一郎(ふなせ・よういちろう)1972年、兵庫県生まれ。チーズケーキカフェA WORKS店主。C.P.A.認定チーズプロフェッショナル。チーズケーキ研究家。2013年、東京・学芸大学にA WORKSをオープン。その数100種類以上というオリジナリティ溢れるチーズケーキを求めて、全国から訪れるお客さんで行列が絶えないお店に。TV・雑誌など数々のメディアで取り上げられる。初のレシピ本『A WORKS新しいチーズケーキの教科書』(講談社)も、発売前からAmazon5部門で1位を獲得するなど話題に。

ファッションが大好きだったので、お洒落なこと、何か自分で生み出す仕事をしたいというのはずっとありました。建設の仕事で死にもの狂いで1500万円の資金を貯め、30歳になったとき、最初にやろうと思ったのはカフェです。ゆくゆくはアパレルを併設した形にするつもりで。オーシャンビューの店がいいなとネット検索したら、ヒットしたのは沖縄の北谷の物件で、それが最初にオープンした店「cafe Azzuro」です。地元の尼崎から突如、沖縄なんて、今なら怖くてやれないかもしれませんが、当時はぜんぜん迷いませんでした。

ただ、当初は苦労しました。知り合いも誰もいなかったので、最初はまずスタバでアルバイトして、そこで見つけた気の合う人をスタッフに誘って(笑)。それでようやくオープンに漕ぎつけたのですが、やはりお客さんがぜんぜん来なくて。貯金も尽きて、せっかく集めたスタッフもやめてもらい、しばらくは一人で地味にやってました。折から起こった沖縄ブームで、店が軌道に乗り始めたのは、オープンから1年後くらい。

チーズケーキに重点を置き始めたのはその頃です。僕はそもそも料理やお菓子作りの修行をしたことはありません。でも他で食べた味を作って再現したり、食材を組み合わせて生まれる新たな味を創造する力は、他の人より優れていたのかなと思います。当初は遊びのつもりでチーズケーキにフルーツや紅茶といった食材を混ぜて作っていたのですが、それが評判となり、1年半ぐらいの頃には「チーズケーキの店」として認知されていきました。

お店は東京・学芸大学の駅から徒歩10分ほど。現在のこのお店を開くまでは、けっして平坦な道のりではなかった。