知識人「言論男社会」の深すぎる闇…「呉座勇一事件」の背景にあったもの

後藤 和智 プロフィール

また、呉座の周囲で北村や「北守」こと藤崎剛人を中傷し、後に自身が代表を務める会社のリリースで謝罪することとなった平林緑萌もまた、2019年の「令和」への改元のときに、日本には改元によって「リセット」するという機能があるという、いわば「日本凄い」論を述べていました。

そういや、左翼の方が伝統芸能のように「改元ごときでお祭り騒ぎになるチョロい国民性」とか言ってるのが散見されますが、東アジアはおろか、世界で改元できる国ってもう日本だけなのよ。むしろ、改元というリセット機能を頑なに保持してきたと評価すべきで、それがわからない限り政治的に勝てないよ。
https://twitter.com/moegi_hira/status/1123559558083796992
元号が生まれた経緯についてはここに書いたので、わけもわからず批判してるお左翼の方は課金して勉強していただきたい。
https://twitter.com/moegi_hira/status/1123560228795047936

この「お左翼」という表現は、左派を嘲笑するときによく使われるものです。

「正しいリベラル」を自称する立場の人による左派批判の問題意識は「それでは選挙に勝てない」というものですが、他にも2021年2月に当時立憲民主党の鎌田圭輔が、同党で質疑に立った女性議員がアメリカにおける女性参政権運動のシンボルである白いスーツで質疑に立った( https://twitter.com/cdp_kokkai/status/1358935782644326403 )ことを次のように嘲笑しております。

いっぺん岡山の県北から農村や山間地を歩き、話聞いてみたらいい。
「森会長の発言、どう思いますか?」と、白いスーツでドヤ顔で。
地域の人々の暮らしの感覚と浮世離れしていることに、いつになれば気付くのか。
今日の感覚は、私は不快だ。
地域に根差す。
それをしないから、感覚を間違える。
https://twitter.com/KeisukeKamada/status/1359026975604580356

鎌田のこの発言は質疑に立った議員(亀井亜紀子、金子恵美、山本和嘉子)はもとより、自身の選挙区である岡山5区の有権者に対しても、「農村や山間部の有権者は女性の人権問題には関心がない(そんなもので票は取れない)」と決めつける、あまりにも失礼な発言です。しかし、彼らは「アドバイス」をしているつもりなのでしょう。

 

現在のような、「中立的」を自称する立場からの「リベラル」批判のテンプレートは、1990年代半ば頃に確立したものと考えられます。

元々左派が想定する「市民」に対して、例えば民俗学で「常民」と呼ぶような市井の人が見えていないのではないかという批判はいろいろなところであったのですが、1990年代半ばに小林よしのりが従軍「慰安婦」問題にコミットしていく中で、元々このような問題意識を持っていた小林が、「敵」を市民主義から「戦後民主主義」に移していく家庭でリベラルの「全否定」に移行し(伊藤昌亮『ネット右派の歴史社会学:アンダーグラウンド平成史1990-2000年代』(青弓社、2019年)pp.95-101)、また当時青少年に対する不安や不信を高めていった中で、左派も右派も若者バッシングをしていたのですが、左派が狼狽する中で右派は戦後民主主義などを明確な「悪」として描きました。

さらにリベラル派と目される知識人の中にも、例えば宮台真司などのように上の世代(特に「団塊の世代」)が若い世代の「現実」が見えていないとして退場を迫りました。2000年代に勃興した「ロスジェネ」論もまた、主に攻撃の対象にしたのは、非正規雇用者を足蹴にする正社員層と、その支持を受けるとされる旧来の労働組合でした。
こうして「若者」に「リベラル」はそぐわない、という風潮が作られ、「リベラル」への嘲笑がカジュアルに語られるようになったものと見られます。

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