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「今の若者は元気がない」「全然酒飲まない」と思う大人たちが理解していないこと

SNSとデジタルコンテンツが当たり前になった今日のオタクやギャル・ギャル男にとって、かつては存在していた「自分(たち)だけが知っている/持っている」ことに優位性を感じる価値観はもはや成立していない。とかく大人からは「元気がない」「おとなしくなった」と言われるが、逆に「かつておかしかったことがまともになった」と言えるのかもしれない——。

木村絵里子、牧野智和、轡田竜蔵編『場所から問う若者文化 ポストアーバン化時代の若者論』(晃洋書房)にオタク論を寄稿した大倉韻氏(東京医科歯科大学教養部ほか非常勤講師)とギャル・ギャル男論を寄稿した荒井悠介氏(成蹊大学文学部調査・実習 指導助手ほか)に現在の若者の価値観について訊いた。

(前編「今や若者の半数以上が「オタク」…この四半世紀で一体どう変わったのか」はこちら)

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いま、リアルな場の価値とは?

——若者の消費がデジタルコンテンツやオンラインショッピング、コミュニケーションはSNS中心に移行して以降、ギャル・ギャル男やオタクが今リアルな都市や空間に求めるものは何なのでしょうか。今もリアルな場所に価値は感じられているのでしょうか。

荒井 かつてのようにギャル・ギャル男が渋谷の路上に常駐することはなくなりましたが、それでもハロウィンや新年のカウントダウンとなると渋谷に若者が集まりますし、外国人観光客もスクランブル交差点にわざわざやってくる。つまりいまだシンボリックな意味合いは残っています。

00年代初頭の社会学の論考には、80年代とは異なり、90年代以降、渋谷は象徴的価値によって若者を引き寄せる舞台ではなくなり、単純に「便利だから」訪れる場になった、という見解が存在します。しかし、蓋を開けてみたところ、00年代でも渋谷は依然として、利便性だけでは測れない、若者を惹きつける象徴的な価値のある舞台となっていました。いまも、もちろんかつてほどではないのですが、利便性だけでは測れない、その場所固有の象徴的な価値は薄まりながらも残っているのではないでしょうか。いくら講義が世界中からオンラインで閲覧できてもハーバードやスタンフォードを目指す人は多く存在しますし、いくらファストファッションのブランドが似たようなデザインのものを出してもエルメスのブランド力が残りつづけるように、今日明日では、象徴に価値を見出す人間の性質は変わらないと思います。また、実利的な価値が低下したとしても、一度場所に付与された象徴性はすぐに消え去るものではないでしょう。そこに行くことで得られる固有の象徴的な価値は、かつてよりも薄まり、また変化しながらも、まだ残りつづけるのではないでしょうか。

大倉 一方でオタクはもうアキバに積極的には行かないですよね。秋葉原は大型バスで外国人観光客が乗り付けて模造刀を買ったり、観光客がメイド喫茶に行ったりするような場所になっている。2003年に刊行された森川嘉一郎さんの『「趣都」の誕生』では、秋葉原は特殊な条件でオタク関連趣味が一箇所に集積した場所だと書かれていましたが、今ではそのアイコニックな価値は失われている。

オタクにとって今も象徴的な意味を持つリアルな場はおそらくコミケをはじめとする同人誌即売会でしょうね。もちろん今ではネット通販で同人誌も買えますが、それでも——コロナ禍になるまでは——集客も減っていなかった。コミケ期間中はビッグサイトに多くのコスプレイヤーが集まりますが、コスプレもここ7、8年でさらに盛り上がっています。コミケこそが1年のうちたった6日だけ現れる、オタクにとってシンボリックな場所ではないでしょうか。

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