なぜ日本政府と地方首長の新型コロナ対応が「戦時中」と似てくるのか

人命が最重要ではなく、責任も取らない
山崎 雅弘 プロフィール

初期の方針にいつまでも固執し続ける態度

また、PCR検査の抑制など、初期段階で決めた方針に、いつまでも固執し続けるという日本政府の新型コロナ対応も、1937年に日中戦争が始まってからの大日本帝国指導部の態度とよく似ています。

同年7月の盧溝橋事件で始まった日中戦争の初期、日本軍は中国軍を武力で懲らしめれば、中国側は屈服して日本に従うだろう、という漠然とした思い込みで、武力行使の範囲を拡大していきました。

 

ところが、11月になって日本軍の戦死者が1万人を超えても、12月に当時の中国(中華民国)の首都である南京を占領しても、中国側は屈服せず、むしろ抵抗を強める態度をとりました。

しかし、大日本帝国の指導部は、そこで方針転換をせず、1938年に入ってもなお、初期の方針そのままで無定見に戦線を拡大して、泥沼化の道を進みました。

当時の日本国民は、「いま日本軍がしているのは、戦争ではなく限定的な武力行使であり、中国側が屈服してすぐ終わるはずだから、政府の言うことに従い、物不足や生活上の不便はしばらくの間、我慢しよう」と考え、政府の課す努力義務に従い続けました。

しかし、本当はここで立ち止まり、国の指導部がとっている方針は正しいのか、それが上手く行っていないのなら方針を変えるべきではないか、状況がどんどん悪化しているのは、国民の努力が不足しているからではなく、むしろ指導部が無能で判断ミスを重ねているからではないか、と気づくべきでした。

そして大日本帝国の指導部も、謙虚に「初期段階での認識の甘さ」や「判断ミス」を認めて反省し、戦略方針を再検討した上で、早期に方針を転換すべきでした。

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