なぜ日本政府と地方首長の新型コロナ対応が「戦時中」と似てくるのか

人命が最重要ではなく、責任も取らない
山崎 雅弘 プロフィール

今の日本政府と東京都、大阪府の態度も、ほとんどこれと変わらないように思います。新型コロナ感染をどうやって克服するかという明確な戦略は、いつまで経っても国民に示されず、諸外国が当然のようにしている重点的な行動(PCR検査の拡大など)も日本はやっていません。その代わりに、首相や知事が国民に対して行っているのは「総員、さらなる感染防止の努力をせよ」という「努力義務」を課すことだけです。

これを続けることで、状況がどれほど悪化しても、その責任は「首相や知事の言いつけを守らない不届き者」に押しつけることができ、「本当は首相や知事の無能や判断ミスが原因でこんなことになっているのではないのか」という疑問から、国民やメディアの目を逸らすことができます。首相や知事の「努力義務」を課す言葉を無批判に流すテレビの報道も、こうした効果を助長する役割を担っています。

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状況が悪化しているのは、一人ひとりの国民の努力が足りないから。こういう一見もっともらしい、しかし実際には指導部の責任をウヤムヤにする問題認識の誘導は、戦争末期にどんどんエスカレートし、それが行き着いた先が、軍人の特攻と玉砕であり、沖縄の民間人の戦闘参加と集団自決でした。

当時の大日本帝国は、天皇と「天皇中心の国体(国家秩序)」、そして「無敵皇軍(日本軍)の面子」を優先順位の最上位に置いており、一人ひとりの国民の命は優先順位の下位に置かれて、守るべき対象とは見なされませんでした。

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