なぜ日本政府と地方首長の新型コロナ対応が「戦時中」と似てくるのか

人命が最重要ではなく、責任も取らない
山崎 雅弘 プロフィール

2020年に予定されていた東京五輪の開催延期が決定されたのは、昨年3月24日のことでしたが、日本政府の新型コロナ対応は、この決定の前も後も、現在に至るまでずっと、「東京五輪の開催」という既定方針を崩さない範囲でなされてきました。

安倍前首相も菅義偉現首相も、ただの一度も「新型コロナの感染拡大が続けば、東京五輪の中止もあり得る」という当然の判断を口にせず(自民党の二階俊博幹事長は一度だけそれを口にした)、東京五輪組織委の森喜朗前会長も橋本聖子現会長も異口同音に「東京五輪の中止はない」という「結論」だけを述べています。感染状況がどうなったら中止する、という「開催の判断基準」も、日本政府は一度も示したことがありません。

これはつまり、今の日本政府は、国民の命と健康を守ることを優先順位の第一位にしていないという、戦時中の大日本帝国政府と共通する事実を示唆しています。

今の日本政府が、国民の命と健康よりも優先順位で上位に置いているのは、まず「東京五輪の開催」であり、電通や大手旅行代理店業界(「GoToトラベル」の受益者)など、自民党と繋がりの深い企業の利益であることは、この1年と数ヵ月で明白になったと思います。

〔PHOTO〕gettyimages
 

状況悪化の責任を国民に押し付ける

これと共に、重要な共通点と思われるのは、指導部の無責任という問題です。

戦時中の大日本帝国指導部は、物不足への対処や、焼夷弾への対処など、国民に次々と「努力義務」を課し、難題にどうやって対処するかという「努力の仕方」を指導しました。そして、思考が従順な当時の日本国民は、その「指導部の言いつけ」を守る努力をして、生活環境がどれほど悪化しても、我慢と努力を続けました。

けれども、それによって国民の思考から「国の指導部が無能で判断ミスばかり重ねているから、自分たちの生活環境がどんどん悪化しているのではないか?」という、本来なら当然生じるはずの疑問を消し去る効果が生まれました。

実際には、国の指導部が国民に強いた「焼夷弾が家に落ちてきたらバケツの水で消せ」という「努力」は、完全に間違っていた(焼夷弾は水では消せず、消そうとする人間の命を危険にさらす)のですが、バケツの水で消せという「努力を国民に課す」ことで、指導部の無能や判断ミスという問題から国民の関心が逸らされ、無能な指導部がいつまでも決定権を握り続けることになりました。

編集部からのお知らせ!

関連記事

ABJ mark

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標 (登録番号 第6091713号) です。 ABJマークについて、詳しくはこちらを御覧ください。https://aebs.or.jp/