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神話は未だ健在、日本の土地=不動産本位制はこれからも続くのか?

利用価値以上の部分ははげ落ちていく

土地と人類の歴史は古い

金(ゴールド)は、古代から人類が「貴重なもの」として崇め奉り、その実用性以上の「精神的な何か」という付加価値を持っていることは、4月20日の記事「『ドルが紙くずになるかもしれない』時代に考えるべき、これからの金の価値」2ページ目で述べた。

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人類の金の利用(主に装飾品)は古代エジプトやシュメール文明まで遡れるが、砂金に代表されるように、自然界にそのままの形(化合物ではなく単体)で存在する元素なので、本当は人類が活用してきた歴史はもっと古いのかもしれない。

それでは土地はどうであろうか? 土地と人類との歴史は金よりもはるかに古い。植物に続いて昆虫の仲間が地上に進出したのはおおよそ4億~5億年前だと考えられているが、それ以来サルと人との共通祖先を経て現生人類に至るまで、土地(地表)無しでは生命を維持することさえできなかった。

しかし、必要だからと言って価値を持つとは限らない。

昔は、「日本では『水と空気と安全はタダ』」ということがよく言われた。当時から水道水の質が悪い多くの先進国ではミネラル・ウォーターを購入するのが当たり前であった。

また、女性が夜道を1人で歩くことができるほど治安が良いのは今も昔も日本くらいである。海外では、高級マンションにドアマンがいたり、高級住宅地の入り口にゲートがあったりなどセキュリティコストが結構かかるのである。

セコムなどのセキュリティーや、ミネラル・ウォーターは現在の日本でも普及しているが、当時の日本ではそれらのものが「タダ」という素晴らしい環境であった。だが、「タダ」ということは、その価値が認められないということであり、『水と空気と安全はタダ』」という言葉も、「日本人は貴重なもののありがたさが分かっていない」という皮肉を込めて使われた。

さらに言えば、米をはじめとする食糧は人類にとって必要不可欠だが、長年の間農産物価格は低迷してきた。発展途上国における貧困も、彼らが生産する農産物の輸出価格が安値のままであることが大きな原因だ。

食糧が欠乏すれば人類は滅亡に向かう。しかし、必要以上に生産しても腐らせるか廃棄するしかない。豊作によって大量に余った農産物を農家がトラクターで踏みつぶすシーンがしばしばニュース映像になる。

 

実は、人類にとって必要不可欠な土地も、「需要を大幅に上回る供給過剰」で価格が低迷する時代に入ってきたのではないか?というのが私の感じるところである。

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