アニメでも話題…「日本サッカーの父」デットマール・クラマーが遺した教え

選手に惜しみなく愛情を注いだ

コロナ禍で公開延期になっていた「映画  さよなら私のクラマー  ファーストタッチ」が6月11日より全国ロードショーとなる。

月刊少年マガジンで連載され、好評を博したサッカー漫画。高校の女子サッカーを舞台に、ほとばしる情熱と青春が作者・新川直司の鮮やかなタッチで描かれている。映画は恩田希を主人公に、中学の男子サッカー部のなかで奮闘していくストーリー。4月からはテレビアニメで高校女子サッカー部編もスタートしており、注目を集めている作品だ。

ティーンエイジャーは、「クラマー」と聞いてもピンと来ないかもしれない。いや20代も30代も。でも年配のサッカーファンはその名を聞くと、きっと“日本サッカーの父”というフレーズがすぐ頭に浮かぶに違いない。奇しくも今年は日本サッカー協会(JFA)100周年のメモリアルイヤー。日本サッカーの基礎を築いた偉大なドイツ人指導者デットマール・クラマーの功績をあらためて振り返ってみることにしたい。

1982年、バイエル・レバークーゼンのコーチ時代のデットマール・クラマー[Photo by gettyimages]
 

日本サッカーの基礎を築いた

時は61年前にさかのぼる。

1964年に東京オリンピックを迎えるにあたり、JFAは日本代表を指導する初の外国人コーチとして1960年に西ドイツユース代表を指揮していた経歴を持つクラマーを迎え入れた。

「約束した時間に5分以上遅れたらダメだというのが、クラマーの考え方でした。そのつもりで行動をともにしてほしいと言われたんですよ」

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