子どもを守るには、大人がまず変わらねば

これは子どもの世界に限ったことではなく、大人でもあるあるな話だ。

旭川の事件でも、加害者や理不尽な対応をした学校の教師たちに憤った人々が『本名を晒せ』『住所を特定しよう』などと、炎上する騒ぎも起こっている。しかし過激な言葉で加害者の子どもを罵ったり、個人情報をネットにあげたりしている人たちも、普段の生活では常識のあるふるまいをしている普通の人、親たちだろう。

ネットの世界では、年齢にかかわらず、人はより過激で衝動的な言動になりやすいことを、私自身も強く意識しながら、情報の発信や受け止めをしなくてはいけないと痛感した。

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いじめやネットトラブルから子どもを「守りたい」と思ってきたが、守る術はまだまだ見つからない。ひょっとしたら「守らねば」という気持ち自体が子どもの負担になっているのかもしれないと感じつつある。人生経験は子どもよりも長いものの、リアルの世界でのいじめを解決する方法にも正解は見つからないうえに、ネット上では子供たちのほうが知識も豊富だし、ITへの親和性も高いほどで、自分の無力さをひしひしと感じている。

この事件について話す中で、息子が何気なくつぶやいた「やっぱ大人はアテになんねー」という言葉が、本当に痛かった。

息子が絶体絶命のピンチに陥ったとき、最後にはアテにされる親になるためにも、まずは同じ目線に立って物事を見つめ、それぞれの立場から感じたことを伝え合うことで、親子で変わっていく努力をしなければ、と思うのだ。

なくならない「いじめ」、混沌とする「SNS環境」の中で、これをすれば子どもたちが被害者や加害者にならないという完全なマニュアルは残念ながらない。photo/Getty Images