「助け合いの美しさ」があぶり出す“公助なき社会”という残酷な現実

『サンドラの小さな家』が描く「家」
河野 真太郎 プロフィール

『サンドラ』の悲劇版としての『キャシー・カム・ホーム』

ケン・ローチ監督の1966年の作品『キャシー・カム・ホーム』については、以前の記事でも論じたが、くり返しを厭わずに紹介しよう。

 

この作品は、『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年)や『家族を想うとき』(2019年)のローチ監督の出世作とのいうべき作品である。残念ながら日本語字幕版はない。だが、この作品はBBCで放映されるとかなりの論争を呼んで話題となった。物語は以下のようなものである。

主人公は労働者階級のキャシーとトラック運転手レジの夫婦だ。2人は結婚をして、最初は最新式の二重窓のついたマンションに居を構える。

だが、キャシーが妊娠して仕事を辞めるのと同時にレジがトラックで事故を起こして収入が断たれたのをきかっけに、2人の住居はしだいに粗末なものになり、ついにはホームレスになっていく過程が描かれている。 

背景には、1960年代にイギリスで深刻化していた住宅不足という問題があった。それと貧困が重なって、キャシーとレジは人生の下り坂を転落することになる。2人は貧相なアパート、キャラバン暮らし、空き家の不法占拠やテント暮らしを経て、ホームレス向けの臨時宿泊施設に流れ着く。

だがそこは男子禁制であり、レジは家族と切りはなされてしまう。やがて家族から心が離れるレジ。ついにキャシーは2人の子供とともに施設も追い出され、保護者として不適格との判断をされて子供たちを「保護」される。最後に、冒頭の場面の反復で一人ヒッチハイクをするキャシー……。 

『サンドラの小さな家』は『キャシー・カム・ホーム』に対するみごとな「返歌」となっていることが分かるだろうか。

キャシーは、暴力こそ受けないものの、住宅不足という社会的背景の中、家を失い、最後には子供も失って独りになってしまう。キャシーにはサンドラのようなインターネットの情報の助けも、偶然に出会った仲間たちの助けもない。

もちろん50年の時間の隔たりがある2つの作品が置かれている歴史的条件はまったく違う。『キャシー・カム・ホーム』が60年代に話題になったのは、当時「スウィングする60年代」と言われていたことからもわかるように、イギリス福祉国家とそれを支える経済が絶好調であり、労働者階級も富裕化しつつある、という気運に隠されて、貧困や深刻な住宅問題があることを示したためだった。

それに対する『サンドラ』の社会背景は、新自由主義と緊縮財政という言葉で要約できるだろう。

さらには、舞台となっているアイルランドとその住宅事情を考えると、2000年代に「ケルトの虎」と呼ばれるバブルを経験し、2008年のリーマン・ショックに先行して不動産バブルがはじけて、建築工事がストップ。

その結果ダブリンを中心とした住宅不足が慢性化し、家賃の高騰が起きたという歴史、つまり金融資本によって、住まいという人びとの生活のもっとも基本的な部分が左右されている状況も見えてくる。(詳しくは「欧州経済の勝ち組アイルランドが直面する住宅格差」『The Asahi Shimbun Globe+』https://globe.asahi.com/article/12101733

それにしても、この2つの映画の対照的な結末はどう考えればいいだろうか。キャシーには最終的に頼るものが何もない。レジには見捨てられ、行政は彼女から子供たちを奪う以上のことをしない。

一方で、サンドラについても、行政は同じくらい無力なのである。自分で家を建てるというアイデアを思いついて、自治体が所有する土地が利用可能ではないかと窓口に行くサンドラに、係員は冷たい。また、最終的には温情的な判決を下す司法も、なぜDVを加える夫の元から早く逃げなかったのかと、DV被害に対する典型的な無理解を呈したりもする。

つまり、サンドラもキャシーのようになった可能性はあるし、現実の多くのサンドラたちも、映画の中のサンドラのように、偶然にも助けられたコミュニティの支えによって自助努力が実るようなことはなく、キャシーと同じ運命をたどっているのではないか?

このように、「家」を中心にすえた物語の背後には「コミュニティと福祉」というテーマが潜んでいる。『サンドラ』も含めたこれらの物語の主人公たちには頼るべきコミュニティがないのだが、彼女ら・彼らは必死で、それぞれの形でコミュニティを作り出そうとする。そしてそこでもやはり、焦点となるのは「家」だ。

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