ついに元警官“有罪”…ジョージ・フロイドさん死亡事件と評決の「歴史的意義」

渡辺 由佳里 プロフィール

無抵抗でも殺されることがある社会

まず、フロイドさんが良い人か悪い人かといった人物評価(前科の有無、清廉潔白かどうかなど)は彼が殺されたことには無関係だ。それを話題にすることそのものが間違っている。

警察官は正当な理由があれば容疑者を逮捕することができるが、その容疑者が有罪か無罪かを決める権利はない。自己防衛以外の理由で相手に暴力を振るう権利もない。仮に隣家の妻が夫から暴力を受けていることを疑っても、私たちには「あの男は悪い人間だから死んだほうがいい」と決めつけて殺す権利はない。警官にも誰かを悪者と決めつけて殺す権利はない。やったら犯罪だ。これははっきりさせておきたい。

〔PHOTO〕gettyimages
 

筆者が京都で学生をしていた頃のことだ。深夜に友人と夜桜を見に行く途中で警官に止められ、まるで私たちが犯罪者かのように尋問されたことがある。「酔った2人連れの若者が自動販売機などを壊してまわっている」という通報があったということだが、深夜喫茶で昆布茶を飲んでいた私たちは素面だったし、素手だ。ちょっと見ただけで別人だとわかるはずなのに、「夜中に歩いていたら怪しまれても当然」と警官は執拗だった。特に危険な出来事ではなかったが、こういったタイプの警官に判決と罰を与える裁量権を与えたら社会はどうなるだろう?

警察官に市民を裁いて罰を与える権利があり、市民には殺されても文句を言う権利がない社会で生きることを想像したら、誰でもぞっとするはずだ。でも、アメリカの黒人(特に男性)にとっては想像の世界ではない。アメリカは奴隷制度があった時代からずっと黒人にとってそういう社会だった。京都での私のように通報で別人と間違えられて尋問され、抵抗しないのに殺されることがある。だからこそ、ブラックライブズマター(BLM)運動が生まれたのだ。

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