平安時代には
菖蒲根を使った遊びが大ブーム!?

実は「賀茂競馬(くらべうま)」に、もうひとつ注目すべき儀式がある。競馬が始まる前、「菖蒲の根合(ねあわせ)の儀」が行われるのだ。早朝、境内に臨時に作られた頓宮(とんぐう)に本殿から賀茂大神の御霊が分け遷され、まずはその御屋根を最初の騎手が菖蒲で清める。その後、競う組の2人が菖蒲の根を合わせて大小長短を比べて交換。相手の菖蒲を折り曲げ勝利を確信する儀式だ。

5月5日の早朝、乗尻と呼ばれる騎手が行う「菖蒲の根合わせ」。撮影/秋尾沙戸子

このルーツも平安時代にある。宮中女子の間では「根合わせ」という遊びが流行っていた。サトイモ科の葉菖蒲の根は長く柔らかく、先まで上手に抜けた根っこは貴重だ。宮中では、持ち寄ったものの優劣を競う遊戯「あわせもの」が流行っていた。菖蒲根の長短大小を競う「根合わせ」は特に人気で、なんとしても勝つために、宮中の殿上人や女官たちは神社に必勝祈願をしていたほどである。また、平安時代には紫式部などが葉菖蒲の根に手紙をつけて送っていたりする。それほどこの季節、菖蒲が貴族の中心に存在していたということだ。

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ならば、コロナ禍の今年の連休は、宮中の女官のごとく“菖蒲モード”で過ごしてみようではないか。菖蒲を根っこから抜いて競うのは難しそうだが、「菖蒲湯」に浸かるのは簡単だ。4月末から、葉菖蒲はスーパーで簡単に買える。枕の下に敷いて寝る「菖蒲枕」を試してから翌日に入浴しても大丈夫そうだ。

あるいは、農家の女性に倣って「特別に部屋に籠る日」にするのはどうだろう。同じステイホームでも、休み明けからの重労働に備え、一番風呂で身を清めて「菖蒲枕」で眠りながら充電するのも素敵ではないか。おやつにヨモギ入りの草餅を頂きながら。

残るは菖蒲の根を刻んで酒に軽く浸す「菖蒲酒」である。早々に注文したら、花屋が仕入れてくれるらしい。菖蒲の根っこは食欲増進や疲労回復、解毒作用にも効果がある。精油成分が多く含まれているため保湿や血行促進の効果もあるという。

子どものころに苦手だった菖蒲の強い香りは、たしかに、それだけでも邪鬼払いに効果がありそうだ。京都の老舗旅館のようにはゆかずとも、マンションの玄関に一束吊るすのでも魔除けになるかもしれない。「軒菖蒲」ならぬ「門(かど)菖蒲」。私も今年はそれを試してみようと思う。

illustration/東村アキコ

編集部注:どこの旅館も初めから菖蒲が湯船に入っているわけではなく、老舗高級旅館などでは、各部屋の風呂に菖蒲を用意し、湯船に入れるかどうかは宿泊客に選ばせているところもあります。

文/秋尾沙戸子
名古屋生まれ、東京育ち、のち京都暮らし。サントリー宣伝部を経て、NHK「ナイトジャーナル」キャスターや情報番組コメンテーターとして活躍。著書に『ワシントンハイツ:GHQが東京に刻んだ戦後』(新潮文庫、第58回日本エッセイスト・クラブ賞)、『運命の長女』(第12回アジア・太平洋賞特別賞)、『スウィング・ジャパン』『渋谷の秘密』など。

イラスト/東村アキコ
1975年生まれ。漫画家。宮崎県出身。1999年『ぶ~けデラックス』NEW YEAR増刊にて『フルーツこうもり』でデビュー。『ひまわりっ~健一レジェンド?』『ママはテンパリスト』、『海月姫』(第34回講談社漫画賞少女部門受賞)、『かくかくしかじか』(第8回マンガ大賞、第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞)、『東京タラレバ娘』『美食探偵 明智五郎』『雪花の虎』ほか、ヒット作多数。『講談社「Kiss」にて「東京タラレバ娘シーズン2」連載中!
 

連載【アキオとアキコの京都女磨き
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